青年海外協力隊のタケダノリヒロ(@NoReHero)です。
アフリカ・ルワンダで、おもに水・衛生環境の改善に携わっています。
先日、2年間の任期を終えて帰国する先輩隊員の報告会がありました。
内容はどんな活動をしてきたか、ルワンダで生活するうえでどんな悩みがあったのか、ボランティアとして働くうえで大切なことはなにか、などなど。
なかには感極まって声を詰まらせてしまう人もいるくらいで(ということを本人は書いてほしくないだろうけど笑)、すごく「生き方・はたらき方」について考えさせられる機会になりました。
私はルワンダに来て1年半ほど経って、残り半年。
先輩方の「協力隊哲学」を受けて、自分も過去にボランティアとしてのはたらき方やこれからの生き方について書いたブログを読み返してみました。
手前味噌ですが、めちゃくちゃ良いこと書いてますね、ぼく。
ということで、過去記事のなかから未来の自分が感動した名言っぽいものを15個まとめてみました。
自分がルワンダで働きながら悩んだり考えたりしてきたことばかりなので、ソーシャルなはたらき方をしてる方や、海外に住んでいる方には共感していただける点も多いと思います。
時系列に並べてあるので、この1年半の精神的な波も見えて面白い。
ただ、全部まとめたらだいぶポエミーな感じになってしまったので、夜に読むのがおすすめです。朝読むと、クドくて吐き気を催す可能性がございますので、エチケット袋を片手にお読みください(そこまでして読まなくていい)。
もくじ
- 1 自分が心からしたいと思うことは何か
- 2 たった一人の誰かのために
- 3 途上国で生きてること自体すごいこと
- 4 ストレスをくれるのもルワンダ人。感動をくれるのもルワンダ人
- 5 途上国の人々にとっての世界を広げる
- 6 「変えることのできるものごと」を変える力をつける
- 7 現地人にとってあなたは「良きパートナー」ですか?
- 8 「お金より社会貢献の方が大事」ってほんと?
- 9 傍目に見ても無理なことは、自分が信じなければ誰も信じてくれない
- 10 不公平じゃないボランティアなんてない
- 11 「自分のため」が誰かのために
- 12 海外ボランティアと風俗は同じか?
- 13 自分の人生では自分が一生レギュラー
- 14 他人軸の社会貢献は難しい
- 15 誰もが同じスタートラインに立てる世の中へ
自分が心からしたいと思うことは何か
【赴任1か月後(16年3月)】
任地ルワマガナ郡ムシャセクターに来て1ヶ月ほど経ったときに書いた記事。
これから何をやっていくべきか、という活動課題を整理したものです。
いろいろやるべきことは見えてきましたが、それは手段に過ぎないから目的を忘れないようにしようと書いてました。
結局は「自分が心からしたいと思うことは何なのか」をはっきりさせることが大事だと思います。啓蒙活動や、マラリアの予防、給水施設の環境改善は、もっと上にある目的を達成するための手段でしかないんです。
その手段にとらわれていたら、目的を見失ってきっと迷子になってしまいます。ぼくがやりたいのは、水由来の病気を防ぐことによって、この村の人たちの可能性を広げること、特に子どもたちが夢や希望を持って育っていけるようにすることです。
「なんで?」って聞かれても、分かりません。
でも、「もしかしたら下痢で死んじゃってたかもしれない子が、元気に育って、やりたいことをやれるようになったら」って考えたらワクワクしませんか?行動する理由なんて後付けで良いと思います。自分がワクワクすることが何かを考えて、それをどうやったら達成できるのかだけ考えていきます。
「自分がやりたいこと」って意外とよくわからないものなんですよね。だからこそしっかり考えなきゃなと思います。
このときはまだ「困ってる人がたくさんいるだろう」と思ってました。が、さまざまな調査をした結果、いま言えるのは「死ぬほど困ってる人はそういない」ということ。
だからこそ、特に成果の見えづらい衛生啓発の分野では、いちボランティアとして自分にできることを探すのはすごく難しい。
それでも貧困や環境のせいで可能性を埋もれさせている人はいっぱいいます。
だから「何をやりたいか」という問いに対しての答えは「人々の可能性を広げたい」となって、1年半前と変わってませんでした。
ただ、その結果は変わらなくても、そこに至るまでの過程でさまざまな実体験を得ることができたのが収穫のひとつだと思っています。
たった一人の誰かのために
【赴任1か月後(16年3月)】
「なぜ世界には2000人もの青年海外協力隊員がいるのか」と考えてみた記事。
ルワンダの人口1,200万人のうちの一人なんて、数字の上では誤差の範囲です。でも、どんなに小さな数字でも、その裏には必ず誰かの人生があります。
いま世界には、2000人の青年海外協力隊員が派遣されています。一人ひとりに出来るのはほんの小さなことだからこそ、世界中に隊員がいるんです。
コミュニティ開発も教師も看護師もスポーツ隊員もコンピュータ隊員もソーシャルワーカーも観光も自動車整備も青少年活動もマーケティングも、2000人が「たった一人の誰か」を変えられたら、世界は変わります。
協力隊の隊員ひとりひとりには巨額のお金を寄付したり、インフラを整備したりといった大規模な支援はできません。
でも、その代わりに現地の人ひとりひとりの人生に寄り添ってサポートしていくことはできます。
「たった一人の誰かのためにはたらく」という意識が結果的に大きな変革につながるのかもしれませんね。
途上国で生きてること自体すごいこと
【赴任3か月後(16年5月)】
協力隊はあんまり大変じゃないですよー、楽ですよーといった趣旨のブログを書いてしまったことについての反省記事。
『こんなところに日本人』で途上国に暮らす若い女性が、出演者からちょっとしたことで「すごい!」と言われてることに対して思ったこと。
途上国で生きてること自体ふつうの人から見たらすごいことなんだから、協力隊の人も自分の仕事をそんなに卑下する必要はないよってお話です。
ボロボロの家に住んでいたり、ニワトリを飼って上手に育てたりそれを食べたりしている様子を、「たくましい」「生きる力!」と驚かれています。
これって青年海外協力隊をはじめ、途上国に住む人にとっては当たり前ですよね。
ブログに書いたら、「ニワトリを育てて、新鮮な卵が採れました!」という、活動とは一見関係のない「ゆるい」記事になってしまうかもしれません。
でも、普通の日本人にしてみれば当たり前ではないですし、こうやって現地人と同じように生活が出来ることは活動以前に隊員に必要な、最低レベルの「能力」です。
だから、24時間365日の生活の全てが活動の一部なんです。
それを変に卑下して、「ゆるい生活してます」なんて書く必要はなかったんです。
生活するだけでも大変なんだと、素直に伝えれば良かったんです。
自分の活動に自信がなくなると、ついつい自分で価値を貶めてしまいたくなりますが、途上国で生きてること自体すごいことなんです。
ストレスをくれるのもルワンダ人。感動をくれるのもルワンダ人
【赴任3か月後(16年5月)】
赴任から3か月が経ち、新鮮な驚きよりも苛立ちが上回っていた時期。
青年海外協力隊員が任国と「向き合う」辛さと素晴らしさについて
ストレスの原因がルワンダ人であれば、感動や気づきを与えてくれるのもまたルワンダ人なんです。
ぼくが青年海外協力隊として途上国で暮らしたいと思ったのは、社会貢献の現場でしか得られない「手触り感」を得たいと思ったからでした。
ルワンダ人との接触を避けていたら、この「手触り感」は絶対に得られません。
だから、たとえ「イライラが8割」であっても「向き合う」ことを避けていたら、ここに来た意味がありません。
完全に折れてしまわないようにバランスを取りながら、異なる価値観や習慣を受け入れられるようなタフさと柔軟さを身につけていかなきゃなと思います。
「向き合うことを避けていたら、ここに来た意味がありません」
ほんとその通りなんですよね。
現地の人と「向き合う」というのはなかなかにタフな行為なんですが、楽しかった会社を辞めてまで、2年間も20代の貴重な時間を費やしてまでルワンダに来たんなら、できる限りそこに挑んでいかないと。
途上国の人々にとっての世界を広げる
【赴任3か月後(16年5月)】
アフリカのこんな農村地帯で暮らしていると、ここに住む人たちは外の世界に対する想像力が欠けているなあと感じることが多々あります。
こんなところに日本人がたったひとりで住む理由〜世界を広げる〜
でもそこにまったくの部外者である我々日本人が住んで、溶け込むことによって、「外の世界には知らないことがたくさんあるんだ!」と、「知らないことを知らない」と知らせることができるんだと思います。
「チャイナ!」と言われて嫌な気持ちになるのはもちろんですが、それよりもアジアには他にもいろんな国があるのにその可能性を考えず「中国人」と言い切ってしまうことや、それによって嫌な思いをする人がいるということに気づかない、その想像力の無さの方が問題だと思っています。
世界にはいろんな国があって、いろんな人がいて、いろんな言語があって、いろんな文化がある。でもこのルワンダの丘の上の村に住んでいると、そんなことを知る機会はほとんどありません。
テレビなんて普通の人はもちろん見ないし、ネットだってほとんど使いません。だから、自分が知っていることや周りに見えるものだけで世界が完結してしまう。
そうすると、自分の世界の外にあることや未来に対する想像力、問題にぶち当たった時にそれを解決するための発想力を育めません。
だからぼくが、というか、青年海外協力隊が、地方の村に住むことには意味があると思います。ぼくらは地域の人たちの世界を広げることが出来る。
「変えることのできるものごと」を変える力をつける
【赴任3か月後(16年5月)】
首都キガリに向かうバスの中で、外の景色を見ながらぼんやり考えたこと。
なんでこんなに不公平なの?
綺麗な服を着て、美味しいものを食べて、快適な家に住むことだけが幸せじゃない。
けど、人生を自分で選ぶ権利ぐらいはあっても良いんじゃないの?
窓から見える、丘の上を飛んで行く飛行機。
いつかは飛行機に乗って世界を飛び回って、海外で働いてみたいって思ってました。かっこいいなって。
いつの間にかこんなところまで来てしまいました。
でも
いま思うのは、世界を飛び回る「だけ」なら誰でも出来ます。
けど、いまのぼくには、今日を生き抜くことすら難しい人が貧困を抜け出せるほどのお金をあげることも出来ないし、仕事のない人に職を与えることも出来ないし、水がなくて困ってる地域に水をあげることも出来ません。
変えることの出来るものごとを変える力が欲しい。
我ながらセンチメンタルジャーニー感がすごい。
3か月っていろんな節目になりますからね。物思いにふけりたくなるのもわかります。
現地人にとってあなたは「良きパートナー」ですか?
【赴任4か月後(16年6月)】
「同僚にとって自分はどんな存在なんだろう?」と思ったときのこと。
相手にとって良きパートナーになるために、逆に日本で働いているときに日本語も英語もできない外国人が職場に来るとしたら、どんなやつだったら嬉しいかを考えてみました。
「現地の人と仲良くなりたい!」といっても難しく考えすぎる必要はなくて、「笑顔でいる」とかほんとうに些細なことだけ大事にしていけばいい
結果、仲良くなろうと思ったら人として当たり前のことをやってけばいいんですよね。
それでも価値観の違いとか、習慣の違いとかで仲良くなるのはものすごく難しいですが。
「お金より社会貢献の方が大事」ってほんと?
【赴任4か月後(16年6月)】
4か月経ち、「きれいごとだけでは社会貢献はできない」と思い始めました。
青年海外協力隊だけど、社会貢献は捨ててお金持ちになろうと思う
こんな記事を書いていても、気を抜くとすぐ「お金より社会貢献の方が大事だ」という方向に行ってしまいます。
なぜなら、その方がラクだから。
ぶっちゃけ途上国の人たちと話してるだけでも、彼らの視野を広げるという意味では社会貢献です。
だから何とでも言えるし、それだけで何となく「良い人っぽく」見えてしまう。
でも、お金は言い訳できません。数字に表れますし、勝手に通帳の桁が増えるわけでもありません。
まずは、お金の持つ力を認めて、「儲けること」に対する変な罪悪感を捨てるところから始めないといけませんね。
お金=幸せではないけれど、お金があれば解決出来る問題が沢山あるということを、ボランティアの現場で約半年過ごしてみて、強く思います。
最近FBとTwitterでシェアしたDMM亀山会長の意見も、まさしくこのあたりのことについて語られています。共感。
傍目に見ても無理なことは、自分が信じなければ誰も信じてくれない
【赴任8か月後(16年10月)】
協力隊として活動していると、ときどき「こんなことして、ほんとに意味あるのかな」と思ってしまうことがあります。
そんなときに思い出したいこと。
「そんなことをして いったい何になるんだ」
まわりから見たら、意味のないことかもしれない。でも、どんなに大きな火事だって、たくさんの水が集まれば消すことができる。
自分ひとりの運んできた水だけでは足りないかもしれないけど、それを見た人が手助けしてくれるかもしれない。
でも、もし自分が「どうせこんなことしてても意味ないよね」と言いながら中途半端に行動してたら?
そんな奴は誰も助けてくれないですよね。
一生懸命やってるから、信念を持ってやってるから、その姿に心を動かされて、行動に移してくれる人が出てくる。
傍目に見ても無理なことは、自分が信じなければ、誰も信じてくれません。
”「こんなことしてても意味ないよね」なんて言ってるやつは、誰も助けてくれない”
ほんとその通り。
自分でも半信半疑になるようなことなら、いっそ止めちまいましょう。
不公平じゃないボランティアなんてない
【赴任9か月後(16年11月)】
ボランティアには公平さが求められるけど、そもそも「公平なボランティア」って無理だよね、という話。
そもそも、不公平じゃないボランティアなんてないんです。
必ず「どこか」の「誰か」に焦点を当てて支援することになる。
アフリカで知的障害者のケアをしてる人が東南アジアの地震被災者を救うことは出来ないし、中東で難民支援をしてる人にとっては、アメリカのドラッグ中毒者は支援の対象外です。
だから、ボランティアなんてそもそも不公平なんだよ。
みんなを助けようと思ったら、誰ひとり助けられない。
自分が「なんとかしたい」と思った相手をなんとかすればいい。
「アフリカの問題を解決する前に、まず日本をどうにかしろよ」って言う人もいますが、自分が「なんとかしたい」と思ったことに取り組めばいいんです。
「自分のため」が誰かのために
【赴任9か月後(16年11月)】
人ががんばってるのを見ると、自分もがんばれますよね。
だから、「自分のために」がんばることが、「誰かのために」なるかもしれないねというお話。
自分が落ちてるときは、誰かの背中を追いかければいい。
逆に、自分ががんばれるときは、自分のためにがんばればいい。
その「自分のため」は絶対にどこかの誰かが見てくれてるし、その「がんばり」が必ずどこかの誰かの燃料になってる。
「自分のため」が誰かのためになるんです。
そのがんばりは自分で思ってるより何倍も価値があるんです。
海外ボランティアと風俗は同じか?
【赴任10か月(16年12月)】
「ボランティアなんて自己満なんだから風俗と一緒だろ」「ボランティアなんかするより日本で金稼いで寄付したほうが有益だろ」という意見に対して。
支援する人がどんな生活をしていて、どんなことに困っていて、どんな思いをもっているのかも知らずに、ただお金だけをポンと渡すような人にはなりたくない
もちろん「草の根の支援」よりも「寄付」の方が有益になる場合もたくさんありますが、それだけじゃ嫌だから協力隊になったんです。
外野にとやかく言われる筋合いはない(半年前に書いたのに、思い出してまたイライラしてきたw)。
自分の人生では自分が一生レギュラー
【赴任10か月後(16年12月)】
バスケ部を中途半端に辞めてしまったことへの後悔と反省から。
苦手を埋めるのは楽しくないから、得意なことを伸ばして楽しもうよ、と。
苦手を埋めるな、得意を伸ばせ。10年前の自分に言いたいこと。
得意なプレイスタイルはなにか。
どんな練習を、自分は楽しめるのか。
どんな能力を磨けば、試合に勝てるのか。
どんな能力で、チームに貢献できるのか。
自分の人生では、自分が試合に出続けるしかない。
バスケはしんどくなったら交代してもらえばいいけど、自分の人生では自分が一生レギュラーですからね。スタミナが切れても、足が攣っても、血が出ても、自分が試合に出続けるしかありません。
その中で、どうやったらいちばん強くなれるか、どうやったらいちばん楽しめるか、考えていかないと。
他人軸の社会貢献は難しい
【赴任1年2か月後(16年4月)】
赴任から1年が経過して、だいぶ現実的にものごとを考えるようになりました。
社会起業家に憧れて会社を辞めた私が、アフリカで1年ボランティアして学んだこと。
「社会貢献がしたい」「ソーシャルビジネスをやりたい」と思って参加した協力隊ですが、なにもない自分がそんな理想を語るのは、グローブを買ってもらっただけで「メジャーリーガーになる!」と言ってるようなもんだなと。
協力隊が終わるまでに「これだ!」っていう出会いがなければ、「ソーシャルビジネス」とまではいかない「ふつうのビジネス」でもいいじゃんと思ってます。
ルワンダだったら、日本にある「ふつうのビジネス」が来るだけで誰かの生活を豊かにできるものはたくさんあります。
まずは身のまわりの人たちを幸せにできるくらいの小さな範囲でもいい。
って、前の会社の上司から辞めるときに言われたなあ……。ようやく気づきました。
その範囲を少しずつでも拡げていけばいいんですよね。
そしたらそれが社会的な意義のあるものに変わっていくかもしれません。
残り半年、ルワンダでどんなことが求められてるか、自分になにができるか、なにをやりたいかを引き続き考えていきますが、まずはリトルリーグで優勝するところから始めていこうと思います。
いずれはもちろんメジャーリーガーになりたいけどね。
誰もが同じスタートラインに立てる世の中へ
【赴任1年3か月後(16年5月)】
首都のキガリのジムに行くと言ったら、上司に金持ちだなと言われて考えたこと。
ぼくは「そうだ、キガリ行こう」と軽いノリでいつでも首都に行くことができ、そこで使うお金もありますが、村の人たちにとってはキガリに行くのは一大イベントです。ジムにお金をかけられる人なんて、滅多にいません。
だから、たまたま日本に生まれただけで、こうして自分がルワンダの人たちと比べて「良い」暮らしをしているのは、不公平なんじゃないか、ズルいんじゃないかと思ってしまいます。
もし自分がルワンダ人としてこの村に生まれてたら「あの日本人、大した仕事もしてない若造のくせに良い暮らししやがって」と思っていたかもしれないと。
別に「富を分配しよう!」というわけでもないし、「貧困層の生活レベルに合わせよう!」というわけでもないですが、スタートラインがあまりにも違いすぎるんです。
1年以上暮らしてみて、「死ぬほど困ってる人」はそんなにいないけど、「努力では覆せないほど悪い環境に置かれてる人」はたくさんいるなあと実感します。
でも、誰もが同じスタートラインに立てる世の中が必ず来るはずです。
そのために自分にはなにができるかなあと考えています。
以上、ルワンダで1年半過ごしてみて考えた生き方・はたらき方の振り返りでした。
ほかの協力隊の方をはじめ、ソーシャルセクターで働いてる方や海外在住の方にもなにかしら共感してもらえるところがあれば嬉しいです。いっしょにがんばりましょー
半年後、帰国のときには何を書いてることやら。
タケダノリヒロ(@NoReHero)
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