父親とは「なる」ものではなく「する」ものだった

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10ヶ月になった娘の写真を見て、ゾッとした。この子は、おれの子か……?いや、この子はおれの子なんだけど、おれは、この子の、父親か……?

今回のアフリカ単身赴任生活も、早3ヶ月。すっかり妻も娘もいないひとりの生活が当たり前になってしまった。もちろん娘の写真や動画は毎日見ているし、7時間の時差を超えてビデオ通話も時々している(写真や動画を送ってくれてありがとう。ビデオ通話してくれてありがとう to ママ)。でも、今日はふと、娘が「画面の中の子ども」に見えてしまった。怖かった。自分と娘のつながりがなくなってしまった気がして。

もしかして同じ文字を見続けてたら模様みたいに見えてきちゃうゲシュタルト崩壊みたいなものかと思ったけど、調べてみたらそもそもゲシュタルト崩壊の認識が間違ってたわ。

ゲシュタルト崩壊とは、知覚における現象のひとつ。全体性を持ったまとまりのある構造(Gestalt, 形態)から全体性が失われてしまい、個々の構成部分にバラバラに切り離して認識し直されてしまう現象をいう。近年、同じ語を長時間凝視し続けていたり、何度も繰り返したりしていると,次第にその意味が減じられる現象として扱われることがあるが、誤りである。
出典:Wikipedia

それは良いとして、そういえば1週間前に「かわいい〜!!」と思って即待受けにした、ハロウィンでかぼちゃになった娘の写真も、いまでは何の違和感もない「待受け」になり、しげしげと眺めてにやにやすることもなくなっている。慣れって怖い。

ときどき家族のことをすっかり忘れて、自分のことだけ考えてる瞬間があるのも怖い。誰しも没頭したり集中したりして、他のことを考えなくなる瞬間はあるだろうけど。その集中が解けて、ふと家族のことを思い出したとき、「え、いま、家族のこと忘れてたよね?」と斜め上からもうひとりの自分が詰めてくる。これは「罪悪感」なのかなとも思ったけど、ちょっと違う。なんなんだろう。この、なんだか寒気がする怖さは。

あわてて3ヶ月前の、まだ日本にいるときの写真を見返してみた。そこには娘といっしょに遊んだり、抱っこしたりしている自分の姿があった。よかった、ちゃんと父親してた……。

「父親する」。その写真を見てこんなにもほっとしたということは、自分が欲してるのはこの行為なんだ。

英語の「father」という単語。”I am a father.(私は父親です)”のように、名詞として使うことが多いけど、実は「父親として世話する」「父親らしくふるまう」といった動詞としての意味もあるそうだ。「ing」をつけて「fathering」とすると、「父親業」「父親が子育てに積極的に関与すること」という意味に。

ファザーではあるけど、ファザれてはいないんだなあ……。その役割(Being)と動作(Doing)の不一致に、得も言われぬ恐怖を感じるというか。

たとえば、バッターボックスでバッティングせずに直立不動してるバッターがいたら、たぶん怖い。え、なんでバッターなのにバット振らないの……?ていうかボール見てもいないじゃん……こわ……、みたいな。

そう考えたら、父親なのに父親らしいふるまいをしないことに、得も言われぬ「怖さ」を感じることにも納得できる。え、なんで父親なのに父親しないの……?ていうか子ども見てもいないじゃん……こわ……、と。それはもう職務放棄であり、ネグレクトであり、狂気の沙汰である。

単身赴任で3ヶ月離れているとはいえ、自分がそういう存在になろうとしていることに気づいて不安を覚えたのかもしれない。ただし『おかあさんといっしょ』にハマりだした娘のために、10日前に『からだ☆ダンダン』を練習して撮影して動画を送ったばかりであることは「ファザってる」認定してほしい(誰に)。

パパが体操のお兄さんになりきって踊った動画は、「思ったより反応よかった」(妻談)らしい。次の課題曲は『きんらきらぽん』である。てとて にぎろう ぎゅっぎゅっ もっともっと ぎゅっぎゅっ である。

まだまだ娘に会うことはできないが、これからの単身赴任生活中は、もっと家族のことを意図的に意識しながら行動すれば不安はやわらぐかもしれない。自分だけのためにつくる料理は味気ないけど、妻が好きそうなレシピをいまのうちにマスターして帰国したら振る舞おうとか、待ち受けにする娘の画像をどれがかわいいかなと考えながら毎週変えてみるとか。

ふだんまったく意識しない空気は、深呼吸してようやくその存在を思い出す。

ふだん風景と化している近所の山は、登ってみてはじめてその美しさや険しさに気づく。

家族はそんな空気や近所の山みたいなもの。「ファザーである」だけでなく「ファザる」ことでようやく実感できるものなのだ。

父親とは、「なる」ものではなく「する」ものである。

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