食に興味のなかった私が毎日「おいしい」と言うようになった理由

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書いた人:タケダノリヒロ
アフリカのルワンダでスタディツアーや情報発信をする会社「アフリカノオト」を経営しつつ、国際協力機関にもコンサルタントとして勤務。妻とふたり暮らし。身長と体重と年齢がテイラー・スウィフトと同じ。

「最近あなたに起きた変化は何ですか?」と聞かれたら、「『おいしい』と言う回数が増えたこと」と答えると思う。それくらい、明らかに増えている。料理を口に運び、思わず目を閉じて「うんまっ……」っと唸ったり、背中をのけぞらせて「あー、おいしー……」と天を仰いだり。いつかグルメ番組に出るための準備をしているわけではなく、心からの「おいしい」が口をついて出るようになったのだ。いったいなぜ、「おいしい」と言えるようになったのだろう。

もともと私は、自分のことを食に興味がない人間だと思っていた。いま住んでいるアフリカのルワンダへの移住直前、熊本の実家にて「最後の晩餐」を味わっていたときのこと。父に「日本で食べ残したものとかないとね?」と聞かれ、「うん、特にないかな。そんなに食にこだわりないし」とクールに答えていたくらいだ。そのとき出してもらっていた刺身の盛り合わせを食べ終わることができれば、十分だと思っていた。でも、移住直後にわかりやすく後悔した。「もっと日本食、味わっておけばよかった」と。「もっと日本食、ルワンダに持ってくればよかった」と。思えばそのころから、「食に興味がない自分」からの脱皮がそろりそろりと始まっていたのかもしれない。

ルワンダはアフリカのほぼ真ん中にある内陸国。当然フレッシュな刺身や魚介類なんか手に入らない。吉野家もサイゼリヤもマクドナルドもない(ここで出てくる美味しいお店の例がチェーン店ばかりであることから、私の「美食偏差値」が小学生並みであることはお分かりいただけるだろう)。買える食材や調味料も限られているから、レシピに「みりん」と書いてあれば「蜂蜜」で代用するし、「料理酒」と書いてあれば「ただの水」で代用する。そんな環境だから、日本からの「舶来品」は異様に美味しく感じる。ただのインスタントラーメンでさえ、「こっちで売ってるのとは麺のコシが違う……!」「このスープのコクがすごい……!」とグルメ漫画ばりに品評したくなるのだ。だから、私が「おいしい」と頻繁に言うようになった理由のひとつとしては、ルワンダという環境が挙げられるだろう。

でも、きっとそれだけじゃない。なぜなら、この「OMS」(おいしいめっちゃ言う症候群)は特にここ半年くらいで起きたことだからだ。ルワンダという環境だけが原因だったら、ここに来た5年前から発症していてもおかしくない。じゃあ最近の変化といえば?家事と妊活だ。妻との料理の分担を見直して自分で料理する機会が増えたこと、子どもを授かれる身体をつくるために食材や栄養バランスをちゃんと考えるようになったことがOMSの原因じゃないかと思う。

料理はもともと一緒にやっていた。でも、キッチンが狭すぎるのだ。うちのキッチンは2畳くらいしかなく、ふたりできびきび動こうと思ったらぶつかりそうになってしまう。そのたびに「ジャンガジャンガ」といってアンガールズのあれをやればこのうえなくご機嫌なクッキングタイムになりそうだが、そんなことやってたら日が暮れてしまう。場合によっては包丁が刺さったりして危ない。要するにふたりで一緒に料理しても、あまり効率が良くないのだ。そこで週4日は妻が、3日は私が料理をすることにした。

おそらくそれが、私の食に対する意識を変えてくれたのだと思う。今までは妻に言われた通りに動くだけで特になにも考えていなかったが、全部自分でやるようになったらのんきに構えてはいられない。理想的な栄養バランスである「まごわやさしい」(豆、ごま、わかめなどの海藻類、野菜、魚、しいたけなどのきのこ類、いも)をどうすれば満たせるか。どの順番で調理すれば効率がいいか。どの器を使えば洗い物が楽になるか。料理がこれほど頭を使う仕事だとは知らなかった。どうりで料理中の妻に話しかけても、「うん」とか「へえ」とかうわの空な返事しか返ってこなかったわけだ。なにか気分を害してしまったかなとおろおろしてしまうレベルだ。でも大丈夫。料理を一生懸命やってただけだったんだ。つまわやさしい。

それだけあれこれ考えて料理をつくったら、当然愛着が湧くし、できる限り美味しい状態で食べてもらいたいと思う。「できたよー」と声をかけてもなかなか席についてもらえないときは、冷めゆく料理を前にしてこんなにももどかしいものなのかと思った。そして「美味しい」「また食べたい」と言ってもらえたときは、こんなにもうれしいものなのかと知った。だからか、自分が思い描いた味を再現できているか確かめるために味付けや歯ごたえ、舌触りや温度をしっかり味わうようになったのかもしれない。妻がつくってくれたときも「玉ねぎ、塩で揉んでくれたから辛くないね」とか「肉じゃがのじゃがいもはこれくらい大きいと食べごたえがあって良いね」とか、そのひと手間や工夫に気づいて感謝できる人間でありたいと思うようになった。30歳をすぎて突然味覚が発達したのかとも思ったけど、変わったのは舌ではなく意識だったのかもしれない。

そして、もうひとつ。妻の料理レベルがめきめき上達していること。とにかくなんでも自分で作れるようになっているのだ。ヨーグルト、食パン、シフォンケーキ、ルーを使わないカレー、フォー、味噌、ケチャップ、ベーグル、豆腐、納豆などなど、「え、それって家で作れるの!?」と思うものばかりでいつもびっくりさせられている。イオンもコストコも業務スーパーもなく、食材が限られているにもかかわらず、これだけいろんな料理を味わうことができているからこそ、私の「おいしい」の頻度も増えているのは間違いない。本当にありがとう。

そう考えると「おいしい」の数は、家族との関係性を表しているんだと思う。料理をつくるときは、しっかり栄養をとって元気に過ごしてほしい、美味しい料理を味わってほしいと願う。食べるときは、つくってくれた人にその美味しさや感動を伝えたいと願う。その気持ちの分だけ、「おいしい」が増える。いま思えば、「食に興味がない」と平気な顔をして言っていたことはとても恥ずかしく、なんと親不孝なことだったのか。「おいしい」と言うことばを扱えるほど、人として成熟していなかったのかもしれない。

先日、妻が好きだという映画『しあわせのパン』を一緒に観た。大泉洋演じる主人公はパン屋を営んでおり、看板商品はカンパーニュ。カンパーニュの語源は「カンパニオ」であり、その意味は「仲間」。さらにもとをたどれば「パンを分け合う人」という意味だそうだ。だからか、登場人物たちがパンを食べるシーンでは、かならず大きなパンを大切な人と分け合って食べる様子が描かれていた。うん、そうだよな。食事を分け合える人がいるのは幸せなことだし、一緒に食べるからこそより美味しく楽しく感じるもの。これからも、毎日、毎食、「おいしい」の四文字を分かち合える食卓を守っていこう。

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