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「なんで人にやさしくしなきゃいけないの?」と子どもに聞かれたら

Writer:タケダノリヒロ( @NoReHero

「なんで人にやさしくしなきゃいけないの?」と子どもに聞かれたら、なんと答えますか?

先日、大学時代の友人から、「ふたりめの子どもを授かった」と報告がありました。私が三十路手前にしてアフリカで人生を彷徨っているうちに、同世代の友人たちはどんどん先のステージに進んでいきます。

その報せを耳にして、「もし自分に子どもができたら、きちんとものごとを教えられるだろうか」とふと思いました。

あたりまえのことほど、そうしなければいけない理由を人に教えるのは難しいですよね。「なぜ働かなければいけないのか?」「なぜ勉強しなければいけないのか?」「人はなぜ生きるのか?」ーー。

そんなときに、吉野弘さんの詩を読んで、「なぜ人にやさしくすべきか」という問いに対するヒントのようなものを得ることができました。

妻と娘二人が選んだ「吉野弘の詩」

吉野さんの詩には、言葉の美しさだけでなく、ふだんの「暮らし」をより鮮やかなものにしてくれるような洞察もたくさん含まれているので、ぜひみなさんにも読んでいただければと思います。

吉野弘とは

詩人・吉野弘さんは、1926年・山形県酒田市の生まれ。

軍国少年として育ち、兵士となって国のために戦って死ぬことが当たり前だと思っていたそうです。ところが陸軍に入隊する5日前に戦争が終結。信じて疑わなかった価値観が根底から覆されました。

それによって、「一度は死んだはずの命を人のために役立てたい」と終戦後、21歳の吉野さんは詩人になることを決意したのだそうです。

参考:クローズアップ現代Wikipedia

吉野さんの詩には、平和への想いだけでなく、人間という弱い存在を受け止める、いい意味での諦念や、他者に対するやさしさなどを感じ取ることができます。

以下、代表作や私の好きな作品を紹介していきます。

(吉野さん本人は著作権を放棄するような発言をしていますが、出版社等に配慮して一部のみ抜粋)

生命は

『生命は』という詩の一節。

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい

ーー 生命は / 吉野弘

生命はその中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

ーー 生命は / 吉野弘

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったのかもしれない

ーー 生命は / 吉野弘

花はおしべとめしべだけでは命をつないでいくことはできず、その間を虻や風が取り持っています。

人間もそれと同じように、他者の存在なくして生きることはできません。にもかかわらず、ふだんはそんなことに気づきもせず、うとましく思ってしまうこともあるんですね。

『愛を人々の上に』という作品では、このように詠んでいます。

不完全であるが故に斥(しりぞ)け合ふのでなく 人間同志が助けあふのです
他人の行為を軽々しく批判せぬ事です
自分の好悪の感情で人を批判せぬ事です
善悪のいづれか一方にその人を押し込めないことです
自分の便宜のために世間を破らぬ事です
一生にひとつ人々の心に残る眞實(しんじつ、まこと)を探りあてれば 良いのです 
それには 愛をこっそり人々の上に 持ちつゞけることです。愛を見せびらかさず こっそりと。

ーー 愛を人々の上に / 吉野弘

他人の行為を軽々しく批判しないこと。自分の好き嫌いで人を批判しないこと。「この人は『善』」「この人は『悪』」と単純に決めつけないこと。

どれもなんとなくは理解しているものの、日常的に意識するようなことではないですよね。詩という形で提示されるからこそ、はっきりとした輪郭をもって捉えることができますね。

これらの根底にあるのは「生命は不完全な存在である。だからこそ自分自身と他者の『欠如』を認め、助け合うこと」という考え方。

『君たちはどう生きるか』、『Mr.Children』と通底する価値観

この価値観は吉野弘さんの作品以外にも見られる、普遍的なものです。

たとえば、最近マンガ化され大ヒットとなっている『君たちはどう生きるか』には、「人間分子の関係、網目の法則」という形で登場します。

オーストラリアで生産された粉ミルクが日本の一般家庭でも使われるように、見ず知らずの人の間にもつながりはあり、だからこそ互いに好意を尽くし、それを喜びとすることこそが本当の人間関係であるという考え方です。

人間関係 網目の法則に気づいた主人公コペルくん 画像出典:君たちはどう生きるか

それからMr.Childrenの『くるみ』という曲にも、こんな歌詞があります。

どこかで掛け違えてきて 気がつけばひとつ余ったボタン
同じようにして誰かが持て余したボタンホールに
出会う事で意味ができたならいい

ーー くるみ / Mr.Children

吉野弘さんは「世界は多分 他者の総和」だと言いました。「多分」と濁しているところがなんとも奥ゆかしいですが、「自分」もあくまで世界の連なりの一部でしかないんですよね。

だからこそ、自分が持て余していたボタンが、だれかのボタンホールにぴったりと収まるかもしれません。

そう考えると、誰かの役に立てるように自分の価値を最大限高めていきたいと思えるし、見ず知らずの人にもやさしく親切でありたいと思えますよね。もしかしたらその人が自分にとっての「虻」や「風」なのかもしれないのですから。

奈々子に

吉野弘さんの長女・奈々子さんが生まれたときに、健やかな成長を願って贈られた詩『奈々子』。

ひとが ひとでなくなるのは 自分を愛することをやめるときだ。
自分を愛することをやめるとき
ひとは 他人を愛することをやめ 世界を見失ってしまう。
自分があるとき 他人があり 世界がある。

お前にあげたいものは 香りのよい健康かちとるにむづかしく はぐくむにむづかしい 自分を愛する心だ。

この詩は学校教科書にも広く採用されました。当の本人の奈々子さんは、自分の学校で使うのが別会社の教科書であることがわかると安堵したそうです。

年頃の女の子であれば、自分のために贈られた詩を授業で習うなんて恥ずかしいですよね。

しかし、大人になった奈々子さんは、「妻と娘二人が選んだ『吉野弘の詩』」のあとがきで、「結婚して長女が生まれ、娘の寝顔を見ていた時に、ふとめずらしくこの詩を思い出し、手に取って読んでみて涙が止まらなくなりました」「ずっと避けていたこの詩に、申し訳ないような気持ちになった」と語っています。

最初にこの詩を読んだときに、詩人としての作品というよりも父親としての吉野弘さんの願いに目頭が熱くなりましたが、奈々子さんの言葉を読んで、よりこの詩を深く味わうことができました。

祝婚歌(しゅくこんか)

吉野さんが出席できなかった姪の結婚式に寄せた詩。

参考:Wikipedia

もし自分が誰かに結婚式でスピーチを頼まれたら、間違いなくこれを引用します(あるかなそんな機会)。

二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは 長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい

ーー 祝婚歌 / 吉野弘

正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと 気付いているほうがいい

ーー 祝婚歌 / 吉野弘

健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

ーー 祝婚歌 / 吉野弘

結婚したからと言って、誰しもがすぐに立派な「夫」や「妻」になれるわけではないですよね。

「立派すぎないほうがいい」「正しいことを言うときは相手を傷つけやすいものだ」「なぜ胸が熱くなるのか 黙っていても 二人にはわかるのであってほしい」ーー

最近結婚した友人のみなさまにこの言葉が届きますように。

夕焼け

満員電車でのできごとを描いた詩。座席に座っていたある娘がお年寄りに席を譲ります。そのお年寄りが電車を降りた後、その娘が座ると、また別のお年寄りがやって来たので席を譲りました。

その人が去って、その娘が座ると、またまた別のお年寄りがやって来ましたが、こんどは席を譲りませんでした。下唇をキュッと噛んで、身体をこわばらせて、美しい夕焼けも見ずにうつむいたままの娘。

そんな状況を描写して、吉野さんはこのように詠んでいます。

やさしい心の持主は いつでもどこでも われにもあらず受難者となる。
何故って やさしい心の持主は 他人のつらさを自分のつらさのように 感じるから。

ーー 夕焼け / 吉野弘

やさしい人は、そのやさしさ故に辛い思いをしてしまうこともありますよね。そんな辛さを人知れず味わう人々への、吉野さんのあたたかい眼差しを感じることのできる作品です。

「なんで人にやさしくしなきゃいけないの?」と子どもに聞かれたら

冒頭の「なんで人にやさしくしなきゃいけないの?」という問いにもどると、「人にはだめなところもあるからこそ、助け合っていかないといけない」といった示唆を吉野弘さんの詩から学ぶことができますね。

ここで紹介したもの以外にもすばらしい作品がたくさんあるので、ぜひ読んでみてください。

タケダゴロク
 
詩を読んで、感性と言葉の力を磨こう

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