アフリカのルワンダでスタディツアーや情報発信をしながら、国際協力機関でも働いています、タケダノリヒロ(@NoReHero)です。
ルワンダのNew Times紙に、「ウガンダのムフージ将軍が私的にルワンダを再訪問」という記事が掲載されていました。
▼ウガンダのムフージ将軍が私的にルワンダを再訪問
・ウガンダ人民防衛軍(UPDF)の最高位である将軍に昇進後、初訪問
・最後の訪問は2022年3月、カガメ大統領と会談、両国間の関係修復に努めた
・2022年1月下旬に両国間の国境再開#ルワンダニュース #アフリカニュースhttps://t.co/KI9jNW5wIg— アフリカノオト (@Rwandanote) October 15, 2022
ムフージ将軍とは何者で、ルワンダとウガンダの関係は過去から今までどのように変化してきたのでしょうか?
Contents
ムセヴェニとカガメ
ムフージ・カイネルガバ氏とは現在のウガンダ大統領であるムセヴェニ氏の息子。ウガンダ人民防衛軍(UPDF)の最高位である将軍です。
ムセヴェニ&カイネルガバ親子とルワンダのカガメ大統領との関係性については、現代アフリカ地域研究センターの『カガメのウガンダ訪問』(2022年4月26日)という記事を読むとよくわかります。
幼くしてウガンダに逃れ、そこで成長したカガメは、ルワンダ人難民部隊を組織してムセヴェニに協力し、1986年の政権奪取に貢献した。1990年代のRPFのルワンダ侵攻と政権奪取は、ムセヴェニの支援なくして不可能だった。一方、1990年代末以降のコンゴ(DRC)内戦では、鉱物資源の利益をめぐって対立し、両国の軍がコンゴ領内で衝突した。その後も両国間関係は緊張と融和を繰り返してきたが、ここ数年は関係悪化が顕著で、国境閉鎖が続いていた。
この状況に変化をもたらしたのが、カイネルガバであった。カガメを「オジ」と呼んで親密さを強調する彼は、1月22日にルワンダを訪問し、月末には国境が再開された。
引用元:現代アフリカ地域研究センター『カガメのウガンダ訪問』
カガメ大統領は「幼くしてウガンダに逃れ」と書かれていますが、これは1959年から続いていたフツ族からツチ族に対する迫害の影響。多くのツチ族がルワンダから国外に逃れましたが、幼少期のカガメ大統領もそのうちのひとりで、隣国のウガンダで成長したのです。
そしてルワンダ人難民部隊を組織してウガンダのムセヴェニ氏に協力していた。つまり、当初カガメ氏とムセヴェニ氏は協力関係にあったのです。そのおかげでムセヴェニ氏は1986年に政権を奪取することができ、カガメ氏もルワンダ愛国戦線(RPF)を率いてルワンダに侵攻をしかけ、1994年のフツ族政権によるツチ族に対する虐殺(ジェノサイド)を鎮圧、政権を奪取することができました。
しかしながら、1990年代末以降のコンゴ民主共和国(DRC)内戦においては、鉱物資源の利益をめぐって対立してしまいます。両国の軍はコンゴ領内で衝突し、直近まで悪化した関係のまま続いてきていました。
カイネルガバとカガメ
そこに変化をもたらしたのが、ムセヴェニ氏の息子カイネルガバ氏。カガメ氏のことを「叔父(Uncle)」と呼んで親密さをアピールしています。
2022年1月16日のツイート「叔父のアファンデ・ポール・カガメ。彼と戦う者は私の家族と戦っているも同然。彼らはみな注意しなければならない」。
This is my uncle, Afande Paul Kagame. Those who fight him are fighting my family. They should all be careful. pic.twitter.com/YwBM5DwX0S
— Muhoozi Kainerugaba (@mkainerugaba) January 16, 2022
このツイートの直後、1月22日にルワンダを訪問し、2019年2月28日以来閉鎖されていた国境も約3年ぶりに再開されました(出典:JETRO『ルワンダとウガンダの陸路国境が再開』、現代アフリカ地域研究センター『カガメのウガンダ訪問』)。
こうやって見ると、ルワンダ在住の私にとってカイネルガバ氏はウガンダとの関係改善を進めてくれる良きリーダーのように感じられます。その一方、過激な発言で知られているのも事実。
懸念
2022年10月頭には「私の軍と私で、2週間あればナイロビ(ケニアの首都)を占領できる」とツイッターで主張。多くのケニア人の怒りを買い、父であるムセヴェニ大統領が公式サイト上で謝罪することとなりました。
カイネルガバ氏は事実上の軍のトップで、父が選んだ後継者とみなされており、4日に陸軍司令官を解任されました。しかしその後、中将から大将に昇格され、今後も特殊作戦担当の大統領上級補佐官にとどまるようです(出典:CNN『「2週間でナイロビ占領」 ウガンダ大統領、息子のツイートめぐりケニアに謝罪』)。さらには、過度な武力行使をおこなってきたという情報も。
ルワンダとウガンダの関係が改善するのは治安や経済上とても喜ばしいことですが、第三国との敵対関係や行き過ぎた弾圧などが起こらないことを祈ります。
コンゴでまたもM23の活動が活発化し、その背景にルワンダの支援が指摘されている。このルワンダの動きは、チセケディ(DRC大統領)がADF*掃討作戦のためにウガンダ軍にコンゴ領内での活動を許したことへの反発との見方もある(4月1日付ルモンド)。こうした状況下で、カガメ、ムセヴェニ、カイネルガバらの動きは注視すべきものである。政治指導者の個人的な関係が国家間関係のすべてを決定するわけではないが、こうした個人間の関係抜きにこの地域の国家間関係を論じることはできない。
*ADF=連合民主軍(フランス語: Forces démocratiques alliées ;省略形 ADF ) : ウガンダおよびコンゴ民主共和国(DRC)のイスラム主義反乱グループ
引用元:現代アフリカ地域研究センター『カガメのウガンダ訪問』
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