ゲーテ『若きウェルテルの悩み』内容・感想〜シャルロッテの過ちと自己実現に必要なもの〜

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ゲーテの『若きウェルテルの悩み』を読みました。登場人物が書く手紙をもとにストーリーが進む、いわゆる「書簡体小説」。主人公ウェルテルが友人に宛てた手紙には、彼の恋愛における喜怒哀楽がこれでもかと詰め込まれています。なぜならば、ウェルテルの想い人であるシャルロッテには、許嫁(いいなずけ)がおり、はじめから叶うことのない恋だったから。

途中までは「ウェルテルってただのストーカー気質な妄想紳士じゃない?」「恋愛でここまで思い悩むなんて、さすがに盛り過ぎではゲーテさん……」と思っていましたが、終盤でその印象がガラッと変わりました。本書の最後の約1/4は「編者より読者へ」という見出しがついており、「ウェルテルがこれまでに書いてきた手紙を編集して本にまとめた人が、我々読者に語りかける」という体裁になっています。

ここで第三者目線からシャルロッテの状況が語られることで、物語に立体感が出て、一気に引き込まれ、ドン引きするほどメンヘラ状態になっていた主人公に「ああ、なんて可哀想なウェルテル」と最後には共感できてしまうのです。すごい構成。

正直ここまではかなり我慢をして読んでいました。なにせ本作品が発表されたのは1774年!算数が苦手な私にはちょっと計算するのが難しいくらい昔です(電卓使ったところ248年前でした)。約250年も前のヨーロッパで書かれた本なので、時代背景も社会構造もまったく違います。貴族がおめかしをして馬車に乗って舞踏会に出かけるような時代ですからね。言葉づかいもかなり古めかしいです。だから読み進めるのにちょっと苦労するんですが、もしぼくと同じように途中まで読んで「これなにが面白いんだろう」と思っている方は、ぜひ騙されたと思ってもうちょっと頑張って「編者より読者へ」まで読み進めてみてください。

すくなくともぼくはそこから怒涛の勢いで最後まで読みましたし、読後感もはじめて味わう種類のものでした。得られたのは新鮮な心の震えと、身につまされるような教訓

まず250年も前の人が書いた本をこうやって読むことができ、それに共感できているという感動。本ってすごい。そしてシャルロッテとその許嫁(後の夫)アルベルトという一見良好に見えるパートナーの関係性に潜む危うさ。さらに悲劇的な結末を迎えてしまったウェルテルを通じて、アイデンティティの維持や自己実現に必要なものについても考えさせられました。

以下、「シャルロッテはなぜウェルテルを救えなかったのか」、「ゲーテにあってウェルテルになかったもの」といったテーマで深堀りしていきます。

【以下ネタバレ】『若きウェルテルの悩み』内容

以下、ネタバレを含みます。

結末を書くと、

 

ウェルテルは自殺します。

本書の裏表紙では「許婚者のいる美貌の女性ロッテを恋したウェルテルは、遂げられぬ恋であることを知って苦悩の果てに自殺する……」と思いっきりネタバレしてあり、「そんな堂々と結末書いちゃっていいの!?」と思ったものですが、有名作品ゆえに結末など周知の事実ということなのでしょうか。

とはいえ「人間の生き方そのものを描いた点で時代の制約をこえる普遍性をもつ古典的名作」とも紹介されており、まさにそのとおりだと思います。単なる惚れた腫れたの切ないラブストーリーではなく、ウェルテルの姿を通じて「いかに生きるか」を読者に問いかける作品なのです。

シャルロッテはなぜウェルテルを救えなかったのか

最終的には自殺というもっとも悲劇的な結末を選んでしまったウェルテル。しかし彼のシャルロッテに対する想いがこんなにもエスカレートしてしまう前に、シャルロッテから彼を上手に遠ざけることはできなかったのでしょうか。読者からすると、「シャルロッテがウェルテルに対して気を持たせるような振る舞いをしてきたから、こんなことになってしまったのでは」とついつい考えてしまいますよね。

しかし編者は「われわれとしてこれだけは確かだといいうるのは、ウェルテルを遠ざけるために最善をつくそうとかたく決意していたことであって、彼女にためらいが見られたとしたら、それは心のこもったやさしいいたわりの気持からであった」と書いています。実際シャルロッテはウェルテルの自殺直前、「(みんなが会いに来る)クリスマスイブの晩は良いけどその前はだめ、適度になさって」と戸惑いながらもウェルテルに伝えて遠ざけようとしていました

にもかかわらず約束を破って会いに来るようなパワープレイをとるウェルテルも良くないのですが、もうひとつの要因はシャルロッテが夫のアルベルトときちんと向き合って話をすることができなかったこと。シャルロッテはウェルテルとキスをしてしまったことをアルベルトに打ち明けようとしましたが、ウェルテルをよく思っていない夫にはとてもそんなことは言えませんでした。

さらにはウェルテルの使いが銃を取りに来た際にも、それがどう使われるのか勘づいていましたが、そこでも夫に相談することはできなかったのです。アルベルトは決して悪い人間ではなくむしろ夫としてもひとりの人間としても非常に「できた人」として描かれています。しかし、そんなハイスペック人間であるがゆえに、劣等感まみれのウェルテルのことが理解できなかったのです。

ウェルテルはたびたび自殺の可能性を口に出していましたが、アルベルトは自ら命を落とす投げ出すなんてあり得ないといった態度でまったく本気にしておらず、嫌悪感さえあらわにしていました。シャルロッテはそんな様子を見ていたので、アルベルトに腹を割って話すことができなかったのです。

特に教訓として覚えておかねばと思ったのはこの部分。

これほどに分別もあり、これほどに善意を持つ人たちが、ある隠れた気持の食い違いからお互いに沈黙し始めて、めいめいが自分は正しく相手は間違っていると考えこんで、事情が紛糾し一つが一つを煽り立てて、ついにはここをはずしたらという肝心の瀬戸ぎわに立ち至ってあいにくともつれを解くことが不可能になったというわけである。こんなことにならないうちに二人の仲がしっくりといって、互いに歩み寄り、愛情と思いやりとがこもごもに二人の気持を動かし、そして互いが心を開き合ったとしたら、おそらくわれわれの友を救うみちはまだあったのかもしれぬ

どんなにひとりひとりが善い人間でも、どんなに表面的にはうまくいっていても、ひとつのすれ違いからどんどん深みにハマっていってしまうんですね。もうすこしシャルロッテとアルベルトが心を開いて話し合うことができていたら、ウェルテルを救うことができていたかもしれません。

互いに歩み寄ること、愛情と思いやりをもってお互いに心を開き合うこと。妻をもつ者として、その重要性を身にしみて感じました。

ゲーテにあってウェルテルになかったもの

もうひとつ印象的だったことは、作者のゲーテも一時期自殺を考えていたということ。生への倦怠から死を想い、短剣を手にしたこともあるほど不安定な精神状態にあったそうです。その時期に旧友が自殺したという知らせが届きショックを受けますが、自分の恋愛体験と友人の自殺事件を結びあわせて小説を書こうと思い立ったのです。

これについて訳者は「作品創造によって自己を危機から脱出させるのは、ゲーテの天才的な常套手段である」と表現しています。つまりゲーテは「創造」という手段があったことで救われたのです。

一方でウェルテルは、人間関係がうまくいかず仕事も続きません。絵を描こうと思っても思ったとおりに描けません。社交界に出れば、より身分の高い者たちから蔑まれます。つまりは、自分らしくいられる場所や活動がなにもなかったのです。

自分はいっさいの未来の見通しから切断されてしまった身だ、自分には俗世の活動をするための手がかりをつかむことができないのだ。こうしてウェルテルはじりじりと悲しい最期へと近づいて行った。

そんな中でウェルテルは「シャルロッテが自分のすべて」という状態に陥ってしまったのではないでしょうか。しかし結局シャルロッテを自分のものにすることもできず、自己実現を達成するための道をすべて閉ざされてしまうのです。

もしゲーテのように自分自身のことを認めてあげられる「なにか」があれば、ウェルテルも救われていたのかもしれません。そう考えると、人生の充実度を高める鍵は、仕事や趣味、人間関係など、「生きがい」を感じられる何かしらの活動を保持することと言えるのではないでしょうか。恋愛という非常に脆い関係性に自分のすべてを捧げてしまう危うさを、ウェルテルに教えてもらいました。

ウェルテル効果

『若きウェルテルの悩み』は発売当初も、そして現代においても、世の中に非常に大きな影響を与えています。

1774年に刊行されて評判となり、すぐに英語、フランス語、イタリア語に翻訳、ヨーロッパ中でセンセーションを引き起こしました。しかし作品が流行ってしまったがゆえにウェルテルを真似て自殺するものが多数現れてしまったのです。

現代でも著名人が自殺することによってその関係者やファンが立て続けに命を断ってしまうことがありますが、この現象は本作品にちなんで「ウェルテル効果」と呼ばれています。

「ウェルテル効果」はただ後追いをするだけでなく、その事例自体を模倣する点が特徴。『若きウェルテルの悩み』に起因したとされた事例では、その後の自殺者は「褐色の長靴と黄色のベスト、青色のジャケット」というウェルテルが作中で着ていたとされる衣装を着用し、彼同様、ピストル自殺を行ったそうです。

コロナ禍に入って芸能人が自殺する事例が急増しましたが、これもウェルテル効果の影響が推察されています。

2020年(令和2年)下半期に自殺者数が例年より増加した要因について、同年7月から9月にかけて相次いだ俳優の自殺報道(三浦春馬、芦名星、藤木孝、竹内結子)の影響が明らかになった。特に影響の大きかった三浦と竹内の後追い自殺について厚生労働省がウェルテル効果の観点から綿密にデータの分析を行った[8]。また、三浦以外の3人に三浦との共演歴や手段(自宅のクローゼットで縊死。藤木の死因は不明)といった共通点があることから、3人もウェルテル効果による後追い自殺であるという推察がある

引用:ウェルテル効果 – Wikipedia

こういったニュースであまり詳しい死因などを報道しなくなったのは、ウェルテル効果による後追い自殺を防ぐためという意味合いもあるそうです。

このように社会に対して負の影響を与えてしまった側面も強いのですが、偉大な作品であることは間違いありません。本作品が発表される前、18世紀の小説は、読者に娯楽を提供し教訓を与えることを目的としていました。しかし『若きウェルテルの悩み』は根源的な人間の生き方そのものについて問題提起したのです。

それまで悲劇文学は戯曲だけのものとして捉えられており、散文小説には悲劇的素材を表現する能力はないと考えられていました。しかし『ウェルテル』はそんな通年を打ち破り、また手紙という内的告白の手段を駆使し、小説というジャンルに大きな可能性を切り開いたのです。

ちなみにゲーテと同時代を生きたナポレオン・ボナパルトは『ウェルテル』の愛読者であり、エジプト遠征の際に本作品をポケットに忍ばせて7回も読んだのだとか!天才的な軍人、革命家というイメージが強いナポレオンですが、その内面は意外に繊細でロマンチックだったのかもしれませんね。

以上、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』の内容や感想でした。本書を手に取り、250年前の人々の生きざまや人間関係に想いを馳せてみませんか?

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