ナナメの夕暮れ(若林正恭)感想、名言〜グランデを頼めないのは自意識過剰?〜

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最近寝る前にエッセイを読むのにハマっている。ずっと気になっていた、オードリー若林さんの本『ナナメの夕暮れ』を読んだ。

勘弁してよ、と思った。面白くて、熱くて、それでいて葛藤に満ちていて、共感のあまり眠れなくなってしまったのだ。

「人見知り芸人」「気にしすぎ芸人」の代表のような存在だった若林さんのことだから、タイトル通りちょっと斜に構えた視点でクールに世の中を捉えたような文章なんだろうと思っていた。なのに蓋を開けてみたら、プロレスのデスマッチや岡本太郎が好きだという一面にふさわしい、ふつふつと煮えたぎる情熱がそのまま文字になったような文章だった。

くすっと笑える話、涙なしでは読めない話、人生の教訓にしたい名言、意味がないように思えてどこかほっとするエピソード。そんな魅力満載のエッセイ『ナナメの夕暮れ』の感想。

泣ける話

特に泣けたのは『47年おつかれさまでした!』のエピソード。10年以上通っていた定食屋さんが閉店してしまった話で、芸人として人気が出る前にこのお店にどれだけ救われたかが描いてある。

テレビに出る前、腐れ縁の佐藤満春と二人で飯を食った。腐りかけのぼくらの心を柔らかい唐揚げが蘇らせた。前の彼女ともご飯を食べた。サバの味噌煮を食べていて、お箸の使い方がとても綺麗だった。ある日はばったりタモリさんに会った。 「何してるんですか!」 「こっちの台詞だよ」 「ぼく、ここの店常連なんですよ」 「お前わかってるな」  
と、言ってもらえたのが嬉しかった。  
仕事と仕事の合間に寄った時は、ミスをして痛めた心をかにクリームコロッケが慰めてくれた。急に忙しくなって、気がおかしくなりそうな時にはポテトサラダが正気を取り戻させてくれた。

「お箸の使い方がとても綺麗だった」とか、いいよね。想い出に残るのは派手なワンシーンだけじゃなくて、意外とこういう日常のひとコマだったりする。そんな相手の素敵なところに気づけたことで、自分のこともまたちょっと好きになれたりする。その想い出がサバの味噌煮という庶民的な献立とともに、心の中で生きている。昨年のM-1では50歳のおじさんが優勝したことで「ライフイズビューティフル」と話題になった。それと比べたら30代で世に出られたオードリーはまだ早いほう。それでもそこに至るまでの道程はとてつもなく暗く、しんどいものだった。そんな人たちの心を支えた定食屋さん。食は偉大だ。ほかにも、亡くなったお父さんやまえけん(前田健)さんとのエピソードもぐっとくる。

グランデを頼めない自意識過剰さ

なるほど、と思わず唸ってしまったのは、『ナナメの殺し方』の話。若林さんはスターバックスで注文のとき「グランデ」と言えなかったそうだ。自分が気取っているような気がして、「L」は言えるが「グランデ」は恥ずかしくて言えなかったと。それが自意識過剰であることもわかっているけれど、「グランデとか言って気取っている自分が嫌」という気持ちらしい。

こういう気持ちはどこから来るかというと、まず自分が他人に「スターバックスでグランデとか言っちゃって気取ってんじゃねぇよ」と心の内で散々バカにしてきたことが原因なのである。  
他者に向かって剝いた牙が、ブーメランのように弧を描いて自分に突き刺さっている状態なのである。
昔から言っているのだが、他人の目を気にする人は〝おとなしくて奥手な人〟などでは絶対にない。  
心の中で他人をバカにしまくっている、正真正銘のクソ野郎なのである。  
その筆頭が、何を隠そう私である。

他人の目を気にする人は、おとなしくて奥手な人などではなく心の中で他人をバカにしている。だから自分も同じ行動ができないのだ、と。これにはものすごく納得してしまった。私自身にも思い当たる節があるからだ。

たとえばTikTokでご機嫌なリズムに乗ってゆらゆらダンスする若者の映像などを目にすると「観ているこっちが恥ずかしい」と思ってしまう。本人たちは好きでやってるんだからほっとけばいいのに、心のどこかで彼らを嘲笑するような気持ちが渦巻いてしまう。もし何かのノリで「タケダさんもこのダンスやってください」とか言われたら、だいぶ抵抗するだろう。そしてしぶしぶやったとしても恥ずかしさを拭いきれず、中途半端にモジモジしてしまって笑うに笑えない空気にしてしまうのは目に見えている。そんなの勢いでうぇーいとやってしまったほうがまわりも笑えるし自分も楽しいことはわかっている。でもできないのだ。それはまさに日頃他人をバカにしている自分へのブーメランだったのだ。若林さん、大事なことを教えてくれてありがとう。

そして若林さんはそんな「ナナメ」の状態を乗り越えていったのだ。ノートに自分がやっていて楽しいことを徹底的に書き込んでいく。自分の好きなことが分かると、他人の好きなことも尊重できるようになる。そして他人を肯定する文言を書き込んでいく。それによって、世界の見え方を変えることができたのだ。

自分の生き辛さの原因のほとんどが、他人の否定的な視線への恐怖だった。  
その視線を殺すには、まず自分が〝他人への否定的な視線〟をやめるしかない。
グランデと言う人を否定するのをやめれば、自分がグランデと言っても否定してくる人がこの世界からいなくなる。

こうした葛藤や父親の死などを通じて、冷笑・揶揄からの卒業を決意した若林さん。だからこそ、ナナメだった自分から脱却しようとしていた時期という意味で「ナナメの夕暮れ」というタイトルになったのだろう。

『ナナメの夕暮れ』名言

『ナナメの夕暮れ』にはたくさんの名言も出てきます。ただし名言というものは、前後の文脈がないと途端に陳腐に感じてしまうものなので、ぜひ本書を手にとって読んでみてほしい。

ワクワクするためには、安全過ぎないことといつ来るか分からないことを引き受けなければならない

人間は内ではなく外に向かって生きた方が良いということを全身で理解できた。教訓めいたことでもなくて、内(自意識)ではなく外に大事なものを作った方が人生はイージーだということだ。外の世界には仕事や趣味、そして人間がいる。内(自意識)を守るために、誰かが楽しんでいる姿や挑戦している姿を冷笑していたらあっという間に時間は過ぎる。だから、ぼくの 10 代と 20 代はそのほとんどが後悔で埋め尽くされている。

〝好きなことがある〟ということは、それだけで朝起きる理由になる。

〝会いたい人にもう会えない〟という絶対的な事実が〝会う〟ということの価値を急激に高めた。  
誰と会ったか、と、誰と合ったか。  
俺はもうほとんど人生は〝合う人に会う〟ってことで良いんじゃないかって思った。
それは、家族だし、友達だし、先輩だし、後輩だし、仕事仲間だし、ファンだし、相方だし。  
そういう合った人にこれからも会えるようにがんばる、ってことが結論で良いんじゃないかなって思った。  
誰とでも合う自分じゃないからこそ、本当に心の底から合う人に会えることの喜びと奇跡を深く感じられた。

「合う人に会う」ことが人生。「人生とは?」と聞かれたときのために、この言葉は大事に胸に刻んでおきます。

売れっ子芸人の絶望

『ナナメの夕暮れ』でもっともワクワクしたのは、モチベーションを見失ってしまった若林さんがもう一度心に火をつけていく『体力の減退』という話。

40歳になり、収録ですべっても動じなくなった。仕事にも「ここが天井なのではないか」という気持ちを抱き始めた。尊敬するモノづくりに励む人たちの飲み会ですら、疲れると思ってしまった。そこから『中年クライシス』という本に出会い、自分より強めの斜陽を感じている人の姿に触れ、自分らしくやっていこうとあらためて思えるようになった。

そこから「オードリーのオールナイトニッポン」10周年の記念ライブツアー。背伸びをやめ、ふたりの人間性にマッチした、ふたりの本来のテンポでやる漫才。10年ぶりにオードリーの漫才がバージョンアップされた手応えがあった。そして舞台袖で緊張していたことに「感謝の気持ちが芽生えた」という。まるで『HUNTER×HUNTER』で、ネテロ会長が自分よりも強いメルエムという存在と出会ったときのようである。

まだ緊張できるなら、俺は全然大丈夫だ。  
漫才を終えて、舞台袖に戻ってきた時、 40代でやるべき表現の初心を摑んだ手応えがあった。  
エネルギーを〝上〟に向けられなくなったら終わりではない。 〝正面〟に向ける方が、全然奥が深いのかもしれないと思えたのだ。

このくだりは最高にしびれた。

「ここが天井なのではないか」という想いは、現代の売れっ子芸人には共通するものらしい。キングコングの西野さんは『はねるのトびら』というゴールデンの高視聴率番組のセンターに立っていたにもかかわらず、「自分が観てきたTVスターにはどうあがいてもなれない」と悟り、ひな壇に座ることをやめ、独自の道を歩んでいった。M-1チャンピオンとして漫才の頂点を極めた銀シャリの橋本さんも、『水曜日のダウンタウン』でドッキリにかけられる直前、カメラがまわっていることに気づかず「生きてて楽しいことがない」と吐露していた。そこまで道を極めたことのない自分には想像するしかないが、「もう行き着くところまで来てしまった」という状態は本人にとっては「絶望」とも言えるものなのだろう。

若林、ゴールデン覇王への道

若林さんがそんな悩みを先輩に訊ねるエピソードも本書には登場するが、その想いをより強く感じたのはテレビ東京の番組『あちこちオードリー』の2021年12月30日放送回だ。2021年の反省を問われた若林さんは「『あちこちオードリー』の追い風でやらせてもらった特番をことごとくレギュラー化できなかった。でも今は今で幸せで、このまま『TV23時以降ラジオ男』のまま行くか、無理をして『ゴールデン覇王』を目指すか決められないまま、ときだけが過ぎていく」と書き綴った。

すでにゴールデン番組でMCもつとめている若林さん。しかし『踊るさんま御殿』における明石家さんまさんや、『ダウンタウンDX』におけるダウンタウンのように、「その人ありき」で番組がつくられるゴールデンMCと、「企画ありき」で呼んでもらうMCとでは全然違うと力説していた。

「『TV23時以降ラジオ男まままでいくけど、いいね?』って、決めちゃえばすっごい俺は日々楽になる、やる努力も決まってくるの。背伸びして、自分のエンジンをオーバーヒート気味にやらないと『ゴールデン覇王』にはなれない、俺の器じゃ」という若林さんの言葉は、バラエティ番組でいち芸人が発する言葉にしてはあまりに切実だった。それも『ナナメの夕暮れ』を読んで、彼の葛藤をすこしだけ垣間見ていたからかもしれない。

ひとりの人間としてあまり無理せず楽をしてほしいという想いもありつつ、いち視聴者としては「ビッグ3や第3世代(ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャン)とは違う、新たな『ゴールデン覇王』を観てみたい」という想いも当然抱いた。そしてそんな期待に応えるように、かなり悩みながらも2022年の抱負として「ゴールデン覇王」とフリップに書いた若林さん。テレビ的にはそれが正解なのだろうし、もしかしたら空気を読んでそう書いただけなのかもしれない。

でも、若林さんはアメフトと日本語ラップとプロレスが好きな熱い男だ。フリップをめくったときの苦笑いの裏には、それなりの覚悟と責任感があったのだろう。これから本当にゴールデン覇王になっていくのか、それとも別の道を歩んでいくのか。2022年の若林正恭からも目が離せない。トゥース!

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