寄付ってやっぱり難しい

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1月2日。新年早々、もやっとしてしまった。

ルワンダ人の知人Aさんにお金がほしいと言われ、断ったからだ。彼が必要としていたのは、高校生の娘の学費、約1.4万円。10月の入学時にいちど支援していたけれど、新学期が始まるにあたってまたお金が必要になったようだ。決して払えない金額ではない。でも断った。「ちょっと今回は、お金をあげるのは難しいかなあ」と伝えると、Aさんはとても残念そうな苦笑いを浮かべて「それは困った……」と背中を丸めていた。ものすごく気まずかった。

いったいどうするのが正しかったんだろう。似たような状況はもう何度も経験してるけど、いまだに正解がわからない。毎回毎回、真空パックしていたかのように新鮮なもやもやに胸を覆われる。そもそも前回支援したときに、「これは今回限りで次回からはお金は出せないよ」と伝えたんだけどなあ。私のつたないルワンダ語でも、しっかりうなずいてくれていたはず。前回は「授業料だけでなく入学金や学用品が必要だから特別高いんだ。次からはもっと安いから大丈夫」と言われた。それで「次回以降自分で出せるんなら、継続して学校に通ってもらえるだろうし問題ないだろう」と思ったのだ。そのときAさんは無職だったし、ほかに頼る相手もいなそうだったから、「ここで自分がお金を出さないと、未来ある高校生の可能性を閉ざしてしまう」という使命感にも似た気持ちに駆られて喜んでお金を出した。

その直後、彼が友人を通じて新しい仕事を得たと聞いてほっとしていた。これでもう娘の学費も継続的に払っていけるだろうと。そんな状況から、2度目のお金依頼だった。さっきAさんが帰ってから「前回いくら渡したんだっけ」と調べてみたら、約1.6万円だった。今回の1.4万円とほとんど変わらないじゃん!「2学期以降は2,000円くらいになる」とAさんが言っていたこともメモしてあった。2,000円なら自力で払えるだろうと思って安心してたのに、蓋を開けてみたら7倍の1.4万円。どうしてこうなったのだろう。学校側がきちんと知らせていなかったのか、彼が勘違いしていたのか。ちなみにいまの給料を聞いたところ、月に約7,000円だそうだ。ルワンダの水準では決して悪くない金額。だけど娘の学費1学期分は、給料まるっと2ヶ月分になる。それは厳しい。

Aさんは私に全額の1.4万円を出してほしそうだった。「ほしそうだった」と書いたのは、「お金をくれ」とはっきり言われたわけではないからだ。授業料や学用品のリストを見せられて、「この金額が必要だけど払えなくて困ってるんだ……」としか言われていない。でもそれは明らかに「だからお金を援助してほしい」というメッセージだった。先日読んだルワンダ文化の本によると、ルワンダ人のコミュニケーションはとても「間接的」だそうだ。言いたいことをはっきりと言わず、聞き手が文脈や顔の表情などから相手が察することを期待する、と。たしかに学用品リストを指差して「この金額が必要なんだ」と言うAさんのまゆげはこれでもかと言うほど「ハ」の字になっていた。だから、完全にことばが通じない間柄でも、その切実さは痛いほど伝わってきた。

それでもAさんとの間には「乗り越えられない価値観の壁」を感じてしまう。給料の一部でも貯金して、学費にあてることはできなかったのだろうか。前回は無職だったけど、いまはちがう。たしかに月収7000円で1.4万円の学費を払うのは容易なことではないけれど、それならそれで「いくらかは貯金できたけど、どうしてもこれだけ足りないから出してくれ」と言ってほしかった。そんな説明もなかったから、最初から全部私のお金をあてにしてたんじゃないか、だから貯金しようともしてなかったんじゃないかと思ってしまう。とはいえその7000円も、5人も子供を抱えていたら生活費に全部消えてしまうのかもしれない。40〜50代のAさんの世代だったら、貯金したり計画的にお金を使ったりするのは難しいのかもしれない。それはAさんのせいではなく、そういった習慣や能力を身につけさせられなかった社会や教育の責任だ。もしかしたら、前回私が支援してしまったことで、「次もノリに頼ればいいや」と思わせて本当は自分で貯金もできたのにしなくなってしまったのかもしれない。そしたらそれは、私の責任だ。

いちどお金を出すとまた頼られてしまうのは、よくあること。だからある程度覚悟はしていた。でも期待もしていた。Aさんならわかってくれるはず。Aさんならもう私に頼らず自力でやっていけるはず、と。だけど、やっぱり違ってた。ブルータスお前もか。仕方がない。だってそれがルワンダの文化だから。持っている人が持たざる人に分け与える、相互扶助の文化。困ったらお互い様。だから、カジュアルに頼るし頼られる。それはとても良いことだと思う。わかる、わかるよ。それでもこんなに複雑な気分になってしまうのは、「人に頼るときは最低限の説明責任と自助努力を要する」というプログラムがしっかりインプットされてるからなんだろう。ルワンダ式のコードは、5年住んでもなお、うまく馴染まずエラーを起こしてしまう。もやっとした気持ちをブログに吐き出して被害者ヅラしてるけど、本当の被害者は学校に通えなくなってしまうAさんの娘さんだ。出せなくはないお金を出し渋った私は、むしろ加害者なのかもしれない。そんなことはないとわかってはいても、罪悪感は拭えない。言語、文化、習慣、社会、教育、価値観……大きすぎて見えない敵にぶつけることもできないこのもやもやは、お正月のおしるこに溶かして飲み込んでしまおう。

ぼくは〝幸福反対論者〟だ。幸福というのは、自分に辛いことや心配なことが何もなくて、ぬくぬくと、安全な状態を言うんだ。  だが、人類全体のことを考えてみてほしい。  たとえ、自分がうまくいって幸福だと思っていても、世の中にはひどい苦労をしている人がいっぱいいる。この地球上には辛いことばかりじゃないか。難民問題にしてもそうだし、飢えや、差別や、また自分がこれこそ正しいと思うことを認められない苦しみ、その他、言いだしたらキリがない。深く考えたら、人類全体の痛みをちょっとでも感じとる想像力があったら、幸福ということはありえない。  だから、自分は幸福だなんてヤニさがっているのはとても卑しいことなんだ。
引用:『自分の中に毒を持て』岡本 太郎

【前回の話】【寄付は迷惑!?】アフリカの高校生に学費支援して考えたこと【海外】

 

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