スポンサーリンク
「生まれたときの記憶なんてないから、誕生日でうれしいのは自分より親のほうかもね」と、誕生日の朝、妻が言った。
たしかに。毎年みんなに祝ってもらえてプレゼントまでもらえる素敵な日だと思ってたけど、生まれた瞬間に「やったー!生まれたぜ!おれ誕生!」と思っていたわけではない。生まれたその年の、その日、その時間を喜んでいたのは本人ではなく、家族のほうかもしれない。
コロナ前に実家に帰ったとき、妻の両親とカラオケに行った。何曲か歌った後、義母から「スキマスイッチの『奏』歌える?」とリクエストをもらった。高校生のときから好きだったスキマスイッチ、喜んで歌うと、なんと義母が涙ぐんでいた。そんなに私の歌が刺さったのかとリサイタル時のジャイアンばりに得意になってぼえぇと熱唱していたのだが、どうやらそういうわけではなかったらしい。「この曲の歌詞、親から見た子どものことを歌ってるようで好きなのよねぇ。『君が僕の前に現れた日から 何もかもが違く見えたんだ』って、本当にそう思ったの」と。「君が僕の前に現れた日から 何もかもが違く見えたんだ」。義理の両親にとって私の妻は初めての子どもだったから、なおさら景色が違って見えたのかもしれない。
30何回目かの妻の誕生日に、その話を思い出したので、朝ごはんを食べながら久しぶりに『奏』を聴いてみた。泣いた。ふたりして泣いた。1年に1度のハレの日なのにとんでもなくセンチメンタルな朝になってしまった。もう歌詞を見ないでも歌えるくらい馴染みの曲なのに、いまさらこんなに感動するなんて。こんなに良い歌詞だったなんて。ここまでぽろぽろと泣けてしまったのは、ぼくらも「親」になることを強く意識するようになったからかもしれない。「君が大人になってくその季節が 悲しい歌で溢れないように」、子どもができたら、そんなふうに願うのだろうか。「君の手を引くその役目が 僕の使命だなんて そう思ってた」、子どもができたら、そんなふうに思うのだろうか。「君が僕の前に現れた日から 何もかもが違く見えたんだ」、子どもができたら、この世界は、どんなふうに見えるんだろうか。
妊活に真剣に取り組むようになって、「なぜ子どもがほしいのか」を夫婦で話し合ったことがある。結婚することも、子どもを授かることも、当たり前だと思っていた。でも、違った。お互いを思いやって日々を営める人と出会えるのも奇跡的なことだし、その相手との間に家族が増えることはもっともっと尊いことだ。ときにゴールの見えない無限トライアスロンのように思える妊活に取り組むには、夫婦でその理由を明らかにしとかなきゃいけなかった。じゃないと「なんでこんな大変な思いをしなきゃいけないんだ」と嘆いてしまいそうだから。本当にぼくらは子どもを授かっていいのか?その準備はできているのか?そんな不安を超えられるほどの意志をもってなきゃいけないと思った。あらためて子どもが欲しい理由を考えてみたら、ふたつの答えが浮かんできた。ひとつは子どもが自分の人生を歩めるスタートラインに立たせたいから。言わずもがな、生まれてこなければ生きることはできない。なんとか頑張れば生まれていたかもしれないのに、ぼくらが諦めたがゆえにそのチャンスすらもらえないとしたら、まだ影も形もない我が子に申し訳ない気がしてしまう。
もうひとつの理由は、自分ごとのように喜べる人が増えたら、その分だけ幸せになれると思ったから。妻は3人きょうだいで、みんな既婚者だ。昨年、末の妹が結婚したとき義父が「これでみんな結婚したなあ。みんな大きな病気もせず、家庭をもてて、幸せだよな」と言っていた。すごく良いなあと思った。3人の子どもを育ててきた義理の両親は、誕生日も入学式も運動会も就職も結婚もなんてことない日常の幸せも、3人分味わってこれたんだ。もちろん、私なんてひとり子どもを授かろうとしているだけで「本当にちゃんと親になれるのかな」と不安を感じてるのに、3人も立派に育てるなんて想像を絶するほど大変なことだろう。それでも、自分のことのように喜んだり悲しんだりできる相手がいるということは、とても幸せなことだ。だから、やっぱり『奏』に心から共感できる日が来たらいいなと思う。しいたけ占いを見るときは牡羊座と射手座だけ見てるけど、「3つも4つも星座チェックしなきゃいけなくなって大変だなあ」と笑える日が来たらうれしい。夫婦ふたりでももったいないくらいの幸せを感じてるけど、食卓に小さなイスがちょこんともうひとつふたつ増えたらうれしい。もし我が家に大事なしいたけが増えたなら、本人がピンときてないのもお構いなしに、おめでとうとありがとうを繰り返し繰り返し奏でてやるのだ。
書いた人:タケダノリヒロ
アフリカのルワンダでスタディツアーや情報発信をする会社を経営しつつ、国際協力機関にもコンサルタントとして勤務。妻とふたり暮らし。身長と体重と年齢がテイラー・スウィフトと同じ。
スポンサーリンク