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私はアフリカのルワンダで「スタディツアー」をやっています。ただの旅行ではなく、学びがある旅をしましょう、というのがスタディツアーですね。ちょうどいま夏休みの書き入れ時で、高校生2人組をコーディネートしております。日本には「トビタテ」という留学支援制度がありまして、それを使って来てくれてるんですね。
高校生でアフリカに来るってすごいですよね。ぼくが学生の時は全然そんなこと考えてなくて、初めてアフリカに来たのが20代後半だったんですけど、それより10歳くらい若くしてまさに「トビタっている」おふたりをいまコーディネートしているところです。ふたりとも国際協力に興味があるんですが、それぞれにテーマを持ってるんですね。
ひとりがアートと国際協力について。自分で絵を描いたりもしていて、アートによって人々が絆を深めたり、いろんな感情をかき立てられたりするので、それを国際協力と結びつけられないかというテーマで活動されています。もうひとりは「そもそも国際協力って何なんだろう」ということで、NPOでボランティアをちょっとだけさせてもらいながら、自分にとっての国際協力というものを再定義しようというテーマで活動しております。
全部で2週間で、今日で1週間の折り返しに入ったところ。そのなかですごくいい話だなと思ったことがありました。ひとり目に紹介した高校生の、アートの取り組みのなかで起きたことです。我々は3人で現地のアートセンターに行きまして、20代のルワンダ人アーティスト・パトリックさんとお話をしたんですね。その人に高校生が描いた絵を見てもらって、ちょっとアドバイスをもらったりしていました。その絵のなかに、ちょっと間違えてしまった部分があったんですね。その上に紙を貼って描き直していたので、高校生が「ここはちょっと間違っちゃったんだよね」と説明しました。するとパトリックさんは「アートに間違いなんかないよ(There is no mistake in art.)」と言ったんです。名言……!「紙を貼って上から描き直しているけど、見方によっては立体感を出しているようにも見えるじゃないか」と。「君が『これはミスじゃなくてあえてやってるんだよ』って言えば、それはミスじゃなくてアートの一部になるんだよ」と言ったんです。
これってすごくいい考え方ですよね。ぼくは絵なんて全然描かないので、直接的に役立つことはないですが、もうちょっと普遍的にとらえると、いろんなことに応用が可能だと思うんです。見方によってはミスだったり間違いだったりするものでも、それを自分がこうだと思えば、正解になったり、もっといいものになったりすると。
話は変わりますが、ぼくは昔からミスチル(Mr.Children)が好きで、『CENTER OF UNIVERSE』っていう曲があるんですね。たぶんシングル曲でもなかったはずなので、一般的にはそこまで知られてないと思うんですけど、ファンの間ではかなり人気のある曲です。 その中に、今回の話に通じる歌詞があるんです。「すべてはとらえ方次第だ」とか「ここはそう Center of universe 僕こそが中心です ああ世界は素晴らしい」とか。自分のとらえ方次第で物事の良し悪しを変えられる、(こと自分の作品においては)自分が宇宙の中心なんだから間違いなんてないと。そう思えると、自己肯定感や自己効力感が高まって、結果世界は素晴らしいとも思えるんじゃないでしょうか。ちょっと大げさに言うと、そのくらいの気づきを、現地のアーティストからもらいました。
こんな感じで高校生ふたりとスタディツアーをやってます。ふたりとも感受性がすごく豊かで、いろんな人の話を聞きながら「泣きそうになりました」とか「ずっと鳥肌が立ってました」みたいな感想を言ってくれて。それもコーディネーターであるぼくにとってはすごくうれしいことなんです。まさにそういった瞬間を味わってもらいたくて、このツアーをやっています。16歳、17歳の彼らがいまグサッと刺さったものは、きっと大人になっても変わらず、ずっと「核」として持ち続けるもののはずです。それをもっと広げて、深めていってもらえたらと思います。 日本では日常に押し流されてしまって、自分が本当に大切にしているものがなかなか見えづらくなってしまうんですけど、 ルワンダという全くの異文化、異世界に来ることで、自分の核に触れやすくなってくると思います。そこで見つけた可能性を広げていってもらえたらな、と思いました。ということで、「すべてはとらえ方次第」というお話でした。
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