ルワンダ虐殺とは?原因・背景・現在の様子〜あれから27年〜

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音声配信アプリstand.fmからの書き起こしです。

どうも!アフリカのルワンダからお送りしています、タケダノリヒロです。

2021年4月6日火曜日、『アフリカから世界を学ぶゴリラジオ』、やっていきましょう!この番組では、あなたの暮らしやお仕事にもつながる、ルワンダの意外な事実や、知ってほしい話題をお届けしています。

今日のテーマは「ルワンダ虐殺」です。かなりシリアスで、センシティブな話題になりますが、ぜひ日本の皆さんにも知っていただきたいことですし、このルワンダという国を知る上では避けては通れない話題なので、ざっくりとではありますが解説させていただきます。

明日の4月7日で、この虐殺が起きてからちょうど27年が経ちます。27年と言うと、現在31歳の僕でさえ既に生まれていた時なので、全然昔のことではなくて、今と地続きになっている出来事なんですけど、このルワンダの虐殺という事件がどんな出来事だったのか、そしてなぜ起きてしまったのか、さらに現在はどういう状況になっているのか、ということをお伝えしていきます。

ルワンダ虐殺とは

まず虐殺、ジェノサイドとも呼ばれますが、これは1994年に起きました。ツチ族とフツ族という民族の対立がきっかけになって起きた出来事です。そして結果的に100万人ほどがなくなったと言われています。これは人口の比率でいうと、1割程度、10%くらいにあたるので、それだけたくさんの方が亡くなったということがおわかりいただけると思います。

そしてこれは首都のキガリだけではなくて、ルワンダ全国で起きた出来事です。このルワンダ虐殺の特徴の一つとしては、民間人同士が争ったことにあります。大きな戦争とか紛争だと国と国同士とか、軍人と軍人が戦ったりすることが多いと思いますが、このルワンダの虐殺の場合は、民間人が民間人に対して攻撃をするというケースがとても多かったです。

例えば今まで仲良くしていたお隣さんの家族が、突然自分の家の家族を襲ってきたりとか、自分の兄弟の友達が自分の家族を殺しに来たりとか、そういうことが行われたのが特徴の一つとなっています。

ルワンダ虐殺の原因

100万人ほどがなくなるという非常に大きな事件になってしまったんですが、なぜこのような出来事が起こったのでしょうか。その理由を説明していきます。このルワンダの虐殺の大きな枠組みとしては、フツ族からツチ族に対して行われた虐殺だと言われています。フツ族というのが多数派で、当時9割ほどを占めていました。そしてツチ族が1割ほどだと言われてます。

多数派のフツ族が少数派のツチ族に対して虐殺を行ったんですが、そもそもこの民族の対立が起きたきっかけというのは、植民地時代に作られました。ルワンダは一番最初はドイツの植民地となって、第1次世界対戦が終わった後にはベルギーがその後釜となりました。その時に用いられていたのが間接統治っていう方法です。

ちょっと難しい話になりますが、要するにベルギーが直接的に支配するのではなくて、ベルギーの下にツチ族を置いて、この少数派の種族を最初優遇していました。そしてその下にフツ属を置いていたんですね。なのでその時は多数派のフツ族からの不満が直接ベルギーに上がってこないように、間にツチ族を置いて、そこであえて国民同士で対立を生み出すことによって、植民地として統治をしやすくしていたんですね。

独立前のルワンダにおける民族対立の構図

先ほど言ったように、その時は(後に虐殺の被害者になった)ツチ族が優遇されていたんです。もともとはこのツチ族からルワンダ王国の王様が輩出されていました。ところがその構造が逆転するんですね。

1960年代になってルワンダは独立をします。その時に選挙が行われて、政権を取ったのがフツ族です。そこからフツ族の大統領が中心となって、「ツチ族はゴキブリだ」という風に言い出しました。「彼らは根絶やしにしなければいけない」ということで、迫害が始まったのです。

独立後のルワンダにおける民族対立の構図

そこからラジオや雑誌などを通じて、「あいつらを根絶しよう」というプロパガンダが行われました。プロパガンダっていうのは、現在でいうヘイトスピーチみたいなもので、特定の民族などをメディアを使って貶めるような方法ですね。これによって1994年に最終的に虐殺が起きるんですが、実は1960年代ぐらいからずっとフツ族からツチ族に対する迫害は行われていたんですね。

僕らが歴史で習ったり、映画で見たりするルワンダ虐殺というのは、どうしても1994年にスポットが当たっているので、その時にいきなり起きたように思われがちなんですけど、実はもっともっと前から対立があったんです。

その時から既に迫害が行われていたので、数十万人規模でツチ族の人たちが隣国(ウガンダ、コンゴ民主共和国、タンザニア、ブルンジ)に亡命をしていたという風にも言われています。そしてその火種が最大限になったのが、1994年の4月。 きっかけとなったのが、飛行機の墜落事故です。この飛行機にはフツ族出身のルワンダの大統領が乗っていました。そしてその飛行機が何者かによって撃墜されて、大統領が亡くなったんですね。

それで犯人は誰だということになって、「これはツチ族の仕業に違いない」ということで、その報復としてツチ族に対する虐殺が発生。そしてその結果、フツ族からツチ族に対する大量の殺害が行われて、結果的に100万人ほどがなくなったと言われています。これが虐殺が起きるまでの流れですね。

【補足】現在では、飛行機墜落事故から虐殺に至るまでの時間が短すぎたことや、加害者側の証言から、突発的に起きたことではなく、殺害対象のツチ族のリストを作成したうえで、虐殺は事前に準備されていたと言われています。

現在のルワンダ

そして現在なんですが、そんな悲惨な出来事がたった27年前に起きたとは考えられないくらい、平和な国になっています。今ではアフリカの中でも治安が一番いいと言われるくらいですし、僕自身も今まさにそのルワンダから配信をしているので、それだけ平和だということが分かっていただけると思います。

ではどうやってそんな平和な国になったのか、と言うと一番のキーポイントはカガメ大統領だと思います。まず94年の4月に虐殺が起こって7月に鎮圧されたと言われているんですけども、その虐殺を鎮圧した張本人が現在の大統領であるポール・カガメ大統領です。彼が率いていた RPF という軍隊(当時は反政府組織)が、隣の国ウガンダに亡命をしていたツチ族の人たちによって立ち上げられました。

このRPFがルワンダに戻ってきて、そして虐殺を主導していたフツ族の政府と戦って彼らを打ち負かしたので、その後にその反政府組織が与党になって、今に至る平和を築いたという流れです。なのでこのポール・カガメさん、現在の大統領は国の危機を救った英雄として非常に尊敬を集めていますし、彼のおかげでここまで復興と両民族の和解が進んだのではないかと考えられています。

ちなみに虐殺の後には、この民族の区分というものが完全になくなりました。なので今では、その人がどっちの民族出身なのか、ということを聞いたりするのはタブーになっていますし、虐殺の話をする時以外はその民族名自体も出ないような状況になっています。ルワンダ人はルワンダ人であり、一つの民族だということで、絆を深めてきました。そして「アフリカの奇跡」と呼ばれるほどの経済発展を遂げたんですね。

とはいえまだ27年しか経っていません。毎年この時期、4月になると虐殺の追悼イベントが各地で行われるんですね。今日は4月6日ですけど、明日からこの追悼の集会が全国各地で行われるんじゃないかと思います。今年はコロナの影響であまり大規模なものはできないと思うんですが、以前僕が参加した時もやはりこの虐殺の悲惨さというのを感じさせられました。

集会では平和を祈るスピーチがあったり、詩が読まれたり、歌を歌ったりするんですけど、その時にもやっぱり泣きわめいてしまう人とかパニックになってしまう人とかがいるんですね。それがなぜかと言うと、その虐殺で本当にたくさんの人が被害にあわれたので、自分自身も死ぬほどの経験をしたりとか、身近な家族を沢山なくされている方が多いので、それだけトラウマになっていたりとか、精神的なショックを今でも引きずりながら生きている人がたくさんいるんですね。

なので、ちょっとしたきっかけで当時のものすごく酷い状況を思い出したりして、パニックになってしまう人もいるというような状況です。だから「もう27年」と言うこともできるんですけど、「まだ27年」という感じもするというのが、現地で暮らしていて思うことですね。

普段生活していて、この虐殺がたった27年前に起きたということが信じられないくらい平和ではあるんですけど、もう忘れたいと思っている人もいる一方で、これは歴史として、教訓として、覚えておかなければいけないし、後世に伝えていかなければいけないということで、毎年4月にはこういったイベントが行われている状況です。

このルワンダの虐殺を、何で僕らが知らなきゃいけないのかなと、「正直アフリカのことなんて関係ないんじゃないか」と思われるかもしれないんですが、やっぱりこれは全人類の教訓として、僕らも知っておかなきゃいけないことだと思います。同じ人間同士でも、これだけ残酷な状況に陥ってしまうこともあるんだなということ、そしてその根本には民族間の差別であったりとか、その差別を作り出したのが先進国の政治的な意図によるものだったとか、そして虐殺が起きてしまった時に止められなかったのも国際社会の責任だと言われています。

なので決して他人事ではないんですね。日本人は多民族国家ではないと言われてますけども、いろんな違いはありますよね。性別の違いもあれば、年齢の違いもあるし、宗教の違いもあるし、そういう違いを受け入れられないところからどんどん歪みが生まれて、それが最悪の場合は虐殺につながってしまうということを学べると思います。ですので、教訓の一つとしてぜひ知っておいていただきたいなと思う出来事でした。

お知らせ

最後にお知らせです。4月はオンラインイベントをふたつ開催します。

ひとつは、4月10日(土)、HIS旅カレッジさん主催で、私が案内人を務める「大虐殺を乗り越えた国をめぐり考える、ルワンダ ピーススタディツアー」というイベントです。ルワンダ虐殺の背景や、虐殺を生き延びた現地の女性へのインタビュー、現在のルワンダの姿などお伝えしていきます。参加費は2000円です。

「大虐殺を乗り越えた国をめぐり考える、ルワンダ ピーススタディツアー」

ふたつ目は、アフリカから社会問題を考えるオンラインイベント「ワールドノオト」というものです。4/14, 21, 28と水曜日に3回に渡って、それぞれ貧困、IT、ジェンダーをテーマに社会問題をどうやったら解決できるかを一緒に考えましょう、というイベントになっています。
有料のイベントは4/14からですが、4/9(金)に無料説明会と講義の体験会をおこないますので、まずはそちらに参加してみて、面白そうだなと思ったらそれ以降の回にもぜひ参加してみてください。計3回のシリーズとなってますが、一回だけの参加でももちろんOKです。チケットは一回1000円となってます。

アフリカから社会問題を考えるオンラインイベント「ワールドノオト」

みなさんとお会いできるのを楽しみにしています!

本日の『アフリカから世界を学ぶゴリラジオ』は以上です。今日の放送を聞いて面白いと思ってもらえたら、ぜひフォロー、いいね、コメントなどお願いします!お便りも募集しているので、レター機能を使ってどしどし送ってください。

ここまでのお相手は、タケダノリヒロでした。じゃあまたねー。

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