漫画『この世界の片隅に』感想 すず・周作・リン・水原の恋愛、傘の謎

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【2018/07/22 更新】

現在テレビドラマ放送中の『この世界の片隅に』のマンガ原作版の紹介です

戦争を題材にしたお話だとは聞いていたんですが、思った以上に笑える。もちろんシリアスで胸にグサグサ刺さるようなシーンもたくさんある。

けど、全体を通して、おばあちゃん家のこたつでくつろいでいるような、ほのぼのとした暖かみのある作品です。

かと思えば三角関係のドロドロも。

全般的な魅力については多くの方がネット上に投稿されているので、ここでは「恋愛」に焦点を当てて書いてみたいと思います。

主人公すずの恋愛を通した葛藤を軸に見ることで、「生き方」について考えるきっかけを与えてくれる作品です。

ネタバレ含むので、漫画も映画もまだで心配な方は鑑賞後に戻ってきてください!

『この世界の片隅に』あらすじ・テーマ

平成の名作・ロングセラー「夕凪の街 桜の国」の第2弾ともいうべき本作。戦中の広島県の軍都、呉を舞台にした家族ドラマ。主人公、すずは広島市から呉へ嫁ぎ、新しい家族、新しい街、新しい世界に戸惑う。しかし、一日一日を確かに健気に生きていく…。

引用元:Amazon

この物語では、戦時下の広島・呉市での一般市民の生活が描かれています。

その中でもストーリー上重要な役割を担っているのが登場人物の恋愛模様です。

現代人から見ると「それどうなの!?」っていう恋愛行動もあるのでそれを見比べても面白いんですが、すずの悩みや苦しみを通して「いかに生きるか」という壮大なテーマすら考えさせられます。

以下、時代を感じさせる恋愛のやりとりや、登場人物たちの恋愛模様について。

結婚初夜の「傘」の意味、柿の木問答

嫁入り前、主人公のすずはいつも優しいおばあちゃんから神妙な顔でこう伝えられます。

結婚式の夜に旦那さんから「傘を一本持て来たか?」と聞かれたら「はい 新なのを一本持て来ました」と答えろ、「さしてもええかいの」と言われたら「どうぞ」と返せ、と――

umbrella
最後のコマの威力… 引用元:この世界の片隅に 上

詳しい説明はありませんが、どうやら新婚初夜にはこのようなやり取りをするのが通過儀礼になっていたようです。

すずと周作もそうだったように、当時は「付き合う」→「結婚」という流れは現代ほど多くなかったんでしょうね。

だからこそ、そんな形式張ったやり取りが必要になる。

結婚式当日、おばあちゃんの言う通り婿である周作から「傘を一本持て来たか?」と問われたすず。

意を決して答えますが、柿を取るためだけに傘を使う周作…おいw

umbrella2

はぐらかしているのか、素でやっているのか分からない周作ですがーー

umbrella3
「今回は急いて済まんかった よう来てくれたのう」

周作……!!!

なんて誠実なやつなんだ…!!!

そしてなんだかんだ良い感じにーー

この後の展開はご想像におまかせします。

なお、柿を用いた初夜のやり取りは『柿の木問答』と言われるそうです。

本来は、新婚初夜の床入りの儀式として行われていたようだが、通過儀礼のひとつ「若衆入り[かわいい]」の夜の儀式(村の若い後家さんやおかみさんによる少年に対する実践性教育)にも使われていたというものだ。
なぜ、柿なのか?・・・。それは、次のような口上だ。

[関西地方の場合]
男「あんたとこ、柿の木ありまっか?」
女「あるぜ」
男「よう実がなりまっか?」
女「うん、ようなる」
男「わしが上がってちぎってもええか?」
女「はよ上がってちぎってえな」
男「ほんなら、ちぎらしてもらいます~」

[関東地方ならこんな具合か・・・]
男「おめさんとこに柿の木あんか?」
女「あんよ」
男「いっぺ実がなんか?」
女「うん、なんよ」
男「おれが上がって、もじってもいいか?」
女「早く上がって、ちぎってくんろ」
男「んじゃ ちぎらしてもらうべ」

地域によって多少語彙は違うが、内容はおなじである。こうして、もそもそ、おどおどと行動に移るらしい。

引用元:柿の木問答って何?

すず・周作・水原の三角関係

「ほのぼのした作品です」とか紹介しておきながら、実は結構ドロドロしています。

すずには水原哲という幼なじみがいました。ただの悪ガキだった水原が、人妻となったすずの前に成長した姿でやってくるんです(よくある展開)。

そして、すずの仕事を手伝ったのを良いことに、図々しく北条家に泊めてほしいなどと仰りやがるんです。

夫・周作の前ですずを呼び捨てにして、からかう哲。

ふだんはおっとりしていても、幼なじみの前では子どものように感情を露わにするすず。

それを黙って見守る周作……

しかし周作の反撃!

「申し訳ないがわしはあんたをここへ泊めるわけにはいかん」

いいぞいいぞ周作ッ!いいぞいいぞ周作ッ!

哲を家から出し、納屋の二階へ寝かせます。

しかしその後、なぜかすずに行火をもたせ「折角じゃしゆっくり話でもしたらええ」と哲の部屋へ行かせる周作。
suzu-tetsu0
引用元:この世界の片隅に 中
血迷ったか周作ゥーーー!!!!

なにカッコつけてんだよ!なーにが「折角じゃし」だよ!!!

そしてすずを外に出し、中から鍵をかけてしまいます……

すずもそれに気づきますが何も言いません……

哲のもとへ行ってしまうすず……

suzu-tetsu1
哲「寒かろう 足入れえ」(ニヤリ)

やめろおおおおゥ!!!それは罠だーーーすずちゃん!!!

優しさに見せかけた巧妙な作戦だよすずちゃん!!!

…ああぁ……

suzu-tetsu2
引用元:この世界の片隅に 

しかし!すずはやっぱり周作のことが好きなのでした。

哲のことがずっと気になってはいたものの、こんな状況でも周作のことを考えてしまうすずちゃん。

しかも「ハラが立って仕方がない」と。

後々、自分を哲のもとに行かせた真意を周作に問い詰め、ケンカになります。

「でも周作さん 夫婦いうてこんなもんですか? ……うちに子供が出来んけえええとでも思うたんですか?」

「……そがいなんどうでもええくせに ほんまはあん人と結婚したかったくせに」

「は!? どうでも良うないけえ怒っとんじゃ」

引用元:この世界の片隅に 中

周作は周作で、すずを縁もゆかりもない土地まで連れてきてしまったことに負い目を感じてるのでした。

男って相手との関係に自信が持てなくなった時、妙に拗ねちゃったり強がっちゃったりするんですよね。わかるよ周作……

でも、すずはすずで、こんなことされたら「私が哲に抱かれてもいいとでも思ってるの!?私のこと愛してないの!?」と不安になっちゃいますよね。

男女関係は難しい。

すず・周作・リンの三角関係

そして、またしても三角関係勃発です。なに、これ。昼ドラなの?

すずが道に迷ったときに助けてくれて仲良くなった、遊女のリン。

Kindleの画面からもいい匂いが漂ってきそうな色っぽいお姉さんです。

rin
引用元:この世界の片隅に 中

ふとしたきっかけで、すずはこのリンのもとを周作が客として訪れていたことに気づいてしまいます。

落ち込むすずを不思議に思った周作がどうしたのかと尋ねると、すずはこう言いました。

代用品のこと考えすぎて疲れただけ

このシーンでは、倹約するためにごはんの代わりにうどん、木炭の代わりに炭団を使うなど「代用品」が出てきます。

それですずは「りんはただの自分の代用品なのか…それとも、自分が代用品なのか…」と考えてしまったんでしょうね。

さらに右手を失い、晴美を失い、ここには自分の居場所がないと感じ始め「空襲で家が崩れれば実家に帰れるのに…」と自暴自棄になるすず。

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soudesu2
引用元:この世界の片隅に 下

それでも葛藤の中心となるのは、「周作の気持ち」でした。

この期に及んでこの人を離せんとは

あの人を呼ぶこの人の口の端に愛がなかったかどうかばかり気にしてしまうとは

「この人」が周作、「あの人」がリンだとすると、一番気になってしまうのが「周作がリンを愛していたのかどうか」ということ。

しかしこの後、終戦とともにすずの問題も解決へと向かいます。

『この世界の片隅に』におけるすずの課題とは

この物語において、すずにとって最大のテーマは「居場所を見つけること」でした。

縁もゆかりもない呉市に嫁いできて、すずは「自分」がわからなくなってしまいます。

「夢から覚めるとでも思うんじゃろか」

「夢?」

「住む町も仕事も名字も変わって まだ困る事だらけじゃが

ほいでも周作さんに親切にして貰うて お友達も出来て

今 覚めたら面白うない

今のうちがほんまのうちならええ思うんです」

「……………なるほどのう

過ぎた事 選ばんかった道 みな覚めた夢と変わりやせんな

すずさん あんたを選んだんはわしにとって多分 最良の現実じゃ」

引用元:この世界の片隅に 中

その中でさまざまな人と出会い、彼らとの交流を通して「ほんまのうち」を見つけていきます。

リンの名言

妊娠が勘違いだったことが発覚して、北条家をがっかりさせるのではと不安がるすずに、捨てられてもたくましく生きてきたリンからのことば。

子供でも売られてもそれなりに生きとる

誰でも何かが足らんぐらいでこの世界に居場所はそうそう無うなりゃせんよ すずさん

引用元:この世界の片隅に 中

径子の名言

呉市と北条家を離れようとするすずに、居場所を与えてくれたのは義姉の径子でした。

わたしゃ好いた人に早う死なれた お店も疎開で壊された 子供とも会えんくなった

ほいでも不しあわせとは違う

自分で選んだ道じゃけえね

そのてん周りの言いなりに知らん家へヨメに来て 言いなりに働いて あんたの人生はさぞやつまらんじゃろ思うわ

じゃけえ いつでも往にゃええ思うとった ここがイヤになったならね

ただ言うとく わたしはあんたの世話や家事くらいどうもない むしろ気がまぎれてええ 失くしたもんをあれこれ考えんですむ……

すずさんがイヤんならん限りすずさんの居場所はここじゃ

くだらん気がねなぞせんと自分で決め

引用元:この世界の片隅に 下

この言葉がきっかけで、すずは北条家に残ることを決意します。

周作の名言

そして、最後にほんとうの居場所を与えてくれたのは、やっぱり夫の周作でした。

終戦後、みんなが誰かを亡くして、誰かを探して、さまよう街中にて。

「すずさん わしとすずさんが初めて会うたんはここじゃ

この街もわしらももうあの頃には戻らん

変わり続けて行くんじゃろうが

わしはすずさんはいつでもすぐわかる

ここへほくろがかるけえすぐわかるで」

「周作さん ありがとう この世界の片隅に うちを見つけてくれて ありがとう周作さん

ほいでもう離れんで…ずっとそばに居って下さい」

konosekaino
引用元:この世界の片隅に 下

ここはまじでグッときますね…

タイトルはここから来てたのかーとしみじみしてしまいます。

しかし、この後にちゃんとオチも用意してあるところがまた良い。

こうして、「自分の居場所」を周作の中に見出すことができたすず。

この発見に至るためには、哲を含めた三角関係も、周作のリンに対する気持ちへの疑いも、なくてはならない要素だったはずです。

これらの葛藤を乗り越えて、周作との愛のなかに「ほんまのうち」を見つけることができたんですね。

自分の居場所は?

ということで、「恋愛」を軸として見ることで本作のテーマは「すずの自分探し」だと言えますね。

上巻の最初のページには、こんなことばがポツンと書いてあります。

この世界のあちこちのわたしへ

これは、すずだけの物語ではありません。

戦時下だけの物語でもありません。

ぼくたちも、すずのように自分の「居場所」を探しながら生きています。

『この世界の片隅に』は、その答えを見つけるためのヒントを与えてくれるような作品でした。

 

 

タケダゴロク
 
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