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何故かたまに聞かれる「宝クジが当たったらどうしますか?」という質問。
これに「一生遊んで暮らす」って答える人いますよね。
ぼくはなぜかこの答えに違和感を感じていました。ほんとにそれで楽しいのか?って。遊びは楽しいものだから、一生遊んで暮らせる人生なら最高のはずなんですけどね。
その答えを、「フロー状態」と『幽☆遊☆白書』と『HUNTER × HUNTER』から考えてみました。
幸福は余暇ではなく挑戦中に訪れる
最近読んだ本で出会ったこんな言葉。
人生の幸福という感情は 、余暇によって起こるのではなく 、自分の能力を超えた問題にチャレンジしているタイミングで起こる積極的なもの ―ミハイ・チクセントミハイ
引用元:21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由/佐宗邦威
問題に没頭している状態は「フロー状態」と呼ばれており、これを体験している人は、活動的、創造的、内容の濃い、刺激的といった状態を感じています。
幸福は余暇(遊び)ではなく、チャレンジしている時に起こるものなんですね。もちろん「遊び」に自分の限界を超えるようなチャレンジ性が含まれていれば話は変わってきますが。
浦飯幽助が教えてくれた挑戦の楽しさ
この言葉を知って、ふと思い出したのがマンガ『幽☆遊☆白書』の主人公、浦飯幽助です。中学生にも関わらず、飲酒・喫煙は当たり前。ケンカに明け暮れ、暇さえあればパチンコに行っていました。
ところが霊界探偵になり、命懸けの闘いに身を投じるようになってからは、戸愚呂や仙水、雷禅など自分よりも強い敵と闘い、「誰よりも強くなること」に楽しみを見出します。
これはまさに上記の名言のように、余暇(ちゃちい悪さやケンカ、パチンコ)よりも、自分の能力を超えた問題にチャレンジすること(自分よりも強い敵と闘い成長すること)の方が幸せだということに気づいたということですね。
ぼくの会社員時代の先輩たちは、プライベートの時間を競馬やパチンコ、ゲームに費やしている人がほとんどでした。「幸せの価値観は人それぞれだし、本人が幸せなら別にいっか」と思いながらも「勿体無い時間の使い方してるなー…」という気持ちは拭いきれませんでした。
それは、チャレンジして自分自身を成長させることの方がよっぽど楽しいということに心のどこかで気づいていたからなんですね。この記事を書いてみてやっと腑に落ちました(あくまで趣味の違いの問題であり、先輩方のことは人としても仕事人としても尊敬してます)。
ではそのチャレンジをクリアしてしまったらどうなるのでしょうか?目的を達成することが一番の幸せなんでしょうか?
道草を楽しめ
その答えを教えてくれるのは、同じく冨樫義博さんのマンガ『HUNTER × HUNTER』のジン(主人公の父)です。
オレが一番嬉しかったのは
ずっと願ってた王墓の「真実」を目の当たりにした事じゃなく
いっしょに中へ入った連中と顔を見合わせて握手した瞬間だった
(中略)
大切なものは ほしいのものより先に来た
引用元:HUNTER × HUNTER 32
お前(息子のゴン)の行き先が将来オレと重なるようなら
道草を楽しめ 大いにな
ほしいのものより大切なものが
きっとそっちに ころがってる
引用元:HUNTER × HUNTER 32
これ読んだ時「うおぉーーー!!」ってなりました。ジン、格好良すぎます。「道草を楽しめ 大いにな」とか言ってみたい。
目的を叶えようとチャレンジをする。でも本当に大切なものは、その結果ではなく過程にあるってことですね。
この考え方は「セレンディピティ」(※)を重視するぼくにとって非常にしっくり来ました。
※素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。(Wikipediaより)
道草をしていれば様々な人や出来事との出会いがあります。でも、その出会いが石ころになるか宝石になるかは自分次第です。
日常の些細な事にも自分を成長させてくれるチャンスが潜んでるはずなので、それを見逃さないようにしないといけませんね。
では、まとめます。
幸せを感じられるのは余暇よりもチャレンジしている時。でも大事なのは結果ではなく、むしろその過程。だから大いに道草を楽しみましょう。
ちなみに、毎日更新していたブログが4月10・11日に2日間も途切れたのは、『幽☆遊☆白書』と『HUNTER × HUNTER』にハマりすぎていたためです。初めて読んだんですが、ご飯もシャワーも忘れて没頭してました。まさにフロー状態。
おかげで大切なことを教えてもらいました。マンガって素晴らしい。
タケダノリヒロ(@NoReHero)
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