友達は減ったほうがいい。
”とも-だち【友達】 互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。友人。朋友 (ほうゆう) 。友。「―になる」「遊び―」「飲み―」”
引用:goo国語辞書
「互いに心を許し合って、対等に交わっている人」「一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人」が友達なら、友達は減ったほうがいい。
人は歳を取るほどに、能力や技術、学歴や立場、地位や価値観などを身に着けていく。まるでRPGで魔法を覚えて、武器や防具を揃えていくみたいに。
旅が進むに連れ、魔法も装備もレベルアップしていく。自分は「てつのよろい」を手に入れられたのに、友達は「かわのよろい」しか持っていないかもしれない。
その友達に合わせてずっとスライムと戦っていられるかと言うと、そうじゃない。
もう対等には交われない。一緒に遊んではいられない。
でも、主人公にはラスボスを倒すという使命がある。先に進まなきゃ。人生はいつまでもセーブ出来るわけじゃない。
だから、友達は減ったほうがいい。
友達が減ったからと言って、悲しむ必要はない。
それは自分か友達どちらかのレベルが上がっている証拠だから。
もしくは、自分か友達どちらかが次のステージに進んだ証拠だから。
もしくは、ふたりとも違うステージに進んだのかもしれない。
それならどっちにしても喜ぶべきことでしょ。
友達が減ったからと言って、悲しむ必要はない。
きっとまた次の場所で新しい友達が出来るから。
でも、いつかはその友達も友達じゃなくなるかもしれない。
それは、さすがに悲しいかな。
でも、「友達」は減っても、「仲間」は絶対に減らない。
ステージが進むごとに、仲間は増えていく。
勇者、魔法使い、僧侶、魔物使い、踊り子、吟遊詩人、遊び人…。
仲間は自分にないものを持っている。
だから自分より強い敵だって倒すことが出来る。
敵を倒したら、そいつが仲間になることだってある。
自分の代わりに攻撃してくれるかもしれないし、傷ついたときは回復魔法をかけてくれるかもしれない。
お互いに瀕死の状態になることもあれば、会心の一撃を食らわせることもあるかもしれない。
ラスボスを倒した後も、一緒にレベル上げに励むことだって出来るかも。
だから友達が減ったなら、仲間を増やしていけばいい。
そうやって、進んでいけばいいんだよ。
『MOTHER』シリーズの場合は仲間じゃなくて「ともだち」だけどね。
タケダノリヒロ(@NoReHero)