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ルワンダ人(男)と手を繋いで歩いてみた。異文化適応について考える。

ルワンダ語学習強化月間、順調です。先日書いた『英語の次はルワンダ語!3ヶ月でペラペラになる語学勉強法』で宣言した通り、毎日名詞と動詞を20個ずつひたすら暗記しています。ここまで3日間で計120単語覚えました。

このまま単語を覚えていけばだいぶ会話は楽になると思いますが、コミュニケーション全般で言えば、その国の文化や文脈、距離感を理解することが語学力以上に大事だなと、身にしみて感じている今日この頃です。

異文化に適応するうえで大切なことは何か、身体を張って考えてみました。

なんで会いに来てくれないの?

彼女かよ、と思うことがよくあります。

ルワンダ人はつながりを大事にするのか、寂しがりなのか分かりませんが、しょっちゅうFacebookやWhatsAppでメッセージを送ってきます。内容は特になく、「こんにちは」とか「元気?」とか「おやすみ」とか。

こちらとしても仲良くなりたいので嬉しい気持ちはあるんですが、正直めんどくさい…。日本人はSNS依存だとか、歩きスマホがどうだとか言われてますけど、ルワンダ人の方がよっぽど携帯に依存してます。

ちょっとしゃべっただけの女の子からも「私とあなたのストーリーをFacebookに書いたらどう?」というメッセージが来て、うわぁ…と思ってスルーしてしまいました。

「全然連絡もくれないし会いに来てくれないじゃん」と直接言われたルワンダ人には、ちゃんと説明しないと分からないかなと思って、「どうでも良かったわけじゃなくて、日本人はそこまで頻繁に連絡取ったり会ったりしないものなんだよ」と言ってみたんですが、絵に描いたようなホワイジャパニーズピーポー!な顔をされました。

まあルワンダで生活してるのに「日本人は…」とか「日本では…」とか言ってる時点でダメですよね。ここはルワンダです。郷に入っては郷に従え、か。

ルワンダでいちばんびっくりしたこと

ルワンダに来ていちばんびっくりしたのが、男同士で手を繋いでいること。ルワンダの文化を紹介した本『Manners in Rwanda』にも、以下の記述がありました。

It is unusual for a couple to make public displays of affection, even though many men walk hand in hand with male friends.

訳すと「多くの男性が友人同士で手を繋いで歩いているにもかかわらず、カップルが公衆の面前で愛情表現をするのは一般的ではない」と書いてありますね。

恋愛関係でなくても、手を繋ぐんです。先日ゴリゴリのソルジャーふたりが指と指を絡ませて、ルンルンに手を振って歩いてるのを見て、ああ平和だな…と思いました。

ぼくの同僚も知り合いと手を繋いで歩いてました。

こちらは指先をちょこんとつまんでます。可愛らしいですね。他にも手首を掴んだり、肘を持ったりと繋ぎ方にもいろいろバリエーションがあります。

その知り合いと別れて、またぼくと同僚ふたりで並んで歩き始めた時、突然スッ…と左手を握られました

ついにこの日が来てしまった…と思いながらも、何事もなかったかのように会話を続けていたんですが、表情がこわばっていたのか、一切握り返さなかったからか、すぐに開放してくれました。よかった…。

相手は仲良しの同僚なんですが、さすがに男に手を握られると不快感しかありませんでした…。

男同士で手を繋いで何が悪い

ただ、ぼく自身がやるのは嫌ですが、男同士で手を繋いでいるのを笑ったり茶化したりするのはおかしなことなんだなと気づきました。

ルワンダに来て、男性同士が手を繋いでいるのを見てびっくりしてしまったのは、そんな光景を見たことがなかったからです。

ルワンダの場合はカップルとは限りませんが、日本にも男性同士のカップルはいっぱいいるはずですよね。なのに手を繋いでいるのを見たことがないのは、それを変なこと、おかしなことだと見做す社会になっているからだと思います。

自分の国が、好きな人と手を繋いで歩くことも許容出来ない国だと思うと、ちょっとさびしいですね。

お互いに嫌な思いをしたり、誤解を招いたりしないように、もしまた手を握られそうになったら「ルワンダではそれが普通なのは知ってるし、君のことは良い友達だと思ってるけど、ぼくは男と手を繋ぐのはどうしても嫌なんだ」とちゃんと説明しようと思います。

異文化に適応するには

要するに、異文化に適応するうえでは「変えられるもの」と「変えられないもの」、「受け入れられるもの」と「受け入れられないもの」を明確にすることが大切だってことですね。

メッセージの頻度を少し増やすぐらいなら受け入れられますが、毎日「おはよう」も「おやすみ」も言って、顔も出しに行かなきゃ、となるとちょっとしんどい。

「男同士が手を繋いで歩いてるのは変なことじゃない」という意識には変えられますが、「自分が男と手を繋いでも嫌じゃない」という意識に変えるのは生理的に不可能です。

この「変えられないもの」、「受け入れられないもの」の限界を越えてまで異文化に適応しようとすると疲れてしまいます。

自分が消耗しない範囲で、出来る限り相手の文化や習慣に合わせていくことが大事ですね。

イインダヨ!

タケダノリヒロ(@NoReHero

norihiro415:
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