【更新 2020/05/27】タケダノリヒロ( @NoReHero)
小説『夜は短し歩けよ乙女』を読んでみました。この小説ほど「独特の世界観」ということばが似合うお話はないかもしれませんね。
『夜は短し歩けよ乙女』をAudible(アマゾン運営の朗読サービス)で聴く(1冊目無料!)
ジャンル的には恋愛ファンタジーになりますが、その魅力は奇想天外なストーリーだけでなく、古風でリズミカルなことば遣いや、純日本的でレトロなモチーフを多用した世界観にあると思います。
そんな『夜は短し歩けよ乙女』のあらすじ、感想です。ネタバレなし。
もくじ
夜は短し歩けよ乙女 アニメ映画予告
どんなストーリーなのかは、映画の予告編を見ていただくとわかりやすいですね。
声の出演は星野源、花澤香菜、ロバート秋山など。星野源はほんとにこういう冴えない青年役が似合いますよね。
歌や演技でもはや国民的人気タレントとなった星野源ですが、声優としても『聖☆おにいさん』のブッダ役を演じたり、ほんとに多彩です。
ロバート秋山のパンツ総番長(訳あって願いを叶えるまでパンツを履き替えてないという猛者)も気になるところ。
夜は短し歩けよ乙女 あらすじ
「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作!
引用元:Amazon
この物語は、ふたりの視点から語られます。まず主人公の「先輩」。冴えない平凡な大学生です。
そしてもうひとりが「黒髪の乙女」(本名不明)。とにかく天然で、好奇心の強い性格。
先輩が惚れていることにもまったく気づかず、本人の意図しないところで周囲を巻き込んでいろんな事件を起こしていきます。
果たして、先輩の想いは届くのか…?という点が、物語のメインストーリー。
夜は短し歩けよ乙女 感想と魅力
ここからは「夜は短し歩けよ乙女」の魅力を紹介していきます。この作品の特徴は、独特の世界観です。
その世界観を演出していると思われるのは、以下の3つ。
①純日本的でレトロなモチーフ
②古風でリズミカルなことば遣い
③擬音
純日本的モチーフ
まず、この物語の舞台は京都なんですね。先輩と黒髪の乙女が通っているのは京都大学だと思われます(作者の森見登美彦さんも京大出身)。
そんな歴史ある街を舞台に展開するストーリーのなかで登場するのが、「緋鯉」「ダルマ」「招き猫」「電気ブラン」「古本」「りんご飴」など、なんともレトロで日本的なモチーフたち。
表紙を手がけた中村佑介さんのイラストで、その空気感が増幅されてますよね。
引用元:Amazon
電気ブランとは
この物語では「電気ブラン」を真似してつくられたと思われる「偽電気ブラン」というものが登場します。名前は聞いたことありますが、電気ブランってなに?
「黒髪の乙女」も、工場のなかでお酒に電気が流されてつくられる様子を想像したりしてましたが、べつに電気を流すわけじゃないんですね。
Wikipedia先生によると、
当時電気が珍しかった明治時代に誕生した、ブランデーベースのカクテルである。大正時代に流行した文化住宅・文化包丁などの「文化…」、あるいはインターネットの普及につれて流行した「サイバー…」や「e-…」などと同様に、その頃は最新のものに冠する名称として「電気…」が流行しており、それにブランデーの「ブラン」を合わせたのが名前の由来である。発売当初は「電氣ブランデー」という名で、その後「ブランデー」ではないことから現在の商標に改められた。
とのこと。大正時代には電気が珍しかったから、「最新のもの」って意味で「電気」と名付けたんですねー。
ジュンパイロとは
本書には、あっという間に風邪が治り、しかもめちゃくちゃ美味な「ジュンパイロ」という薬も出てきます。
これって、実在するのかな?と思って調べたら、森見登美彦さんがこんなふうにインタビューで語ってました。
――小説家になって、他の人の作品を読む目は変わりました?
森見 : これ面白いから使ってみたい、と思うことがありますね。例えば『夜は短し歩けよ乙女』に出てくる風邪薬のジュンパイロは、岸田劉生の娘の、麗子さんのエッセイで、実家で飲んだ風邪薬、ジュンパイロがすごく美味しかったとあって、小説に出したくなったんです。
引用元:作家の読書道
つまり、森見さんも人から聞いた話で実際に見たわけではないと。ちらっとググってみましたが、この『夜は短し歩けよ乙女』に登場する薬という情報しか得られませんでした。
ほんとにあったら飲んでみたい。
ラ・タ・タ・タムとは
「黒髪の乙女」が子どものころに大好きだったという絵本、『ラ・タ・タ・タム』。なんとこれは実在するんです!読んでる間は架空の絵本かと思ってました。
作者の森見さんもこれが好きだったため、題材として取り入れたんだとか(参考:作家の読書道)。
物語のなかでも重要な役割を果たすこの絵本、読んでみたくなりますね。
古風でリズミカルなことば遣い
『夜は短し歩けよ乙女』のふたつめの魅力は、古風でリズミカルなことば遣い。
たとえば、先輩が黒髪の乙女を描写するシーン。
一軒の古本屋の前で、文庫本を手にとってしげしげと眺めている小柄な女性がいて、その後ろ姿が彼女によく似ている。夏に合わせて短く切った黒髪がつやつやと光っている。彼女が後輩として入部してきて以来、すすんで彼女の後塵を拝し、その後ろ姿を見つめに見つめて数ヶ月、もはや私は彼女の後ろ姿に関する世界的権威といわれる男だ。その私が言うのだから、間違いない。
「彼女の後ろ姿に関する世界的権威」w
こういう文章にいちいちにやっとしてしまいます。
それから、かわいい顔してじつは酒豪である黒髪の乙女が飲み過ぎてしまったときの描写。
内田さんが赤玉ポートワインを取りあげましたが、空でした。彼はとなりの瓶に手を伸ばしましたが、それもまた空でした。私は頬が火照るのを感じましたが、それは酔いのためではなく恥じらいのためでした。豆ッ恥、豆ッ恥。
「豆ッ恥、豆ッ恥」って……
なんてかわいいんだ。この黒髪の乙女、ことば遣いがほんとに丁寧なので非常に好感がもてますね。
いまどきこんな口調でしゃべるの美輪明宏ぐらいですよ。また、聞いたこともないような表現が出てきて勉強になったりもします。
「李白さんはお幸せですか」 「無論」 「それはたいへん嬉しいことです」 李白さんは莞爾と笑い、小さく一言囁きました。 「夜は短し、歩けよ乙女」
「莞爾と笑う」なんて、初めて聞きました。
[ト・タル][文][形動タリ]にっこりと笑うさま。ほほえむさま。「莞爾として笑う」
引用元:コトバンク
日本史で石原莞爾って人が出てきましたが、もともとこういうことばがあったんですね。
めくるめく擬音の世界
3つ目の魅力は「擬音」。
要所要所で効果的に使われているんですが、とくに黒髪の乙女の動作を表現している擬音がまあかわいらしい。
達磨をお腹に抱え、ぽてぽて歩いていると、木屋町へ通じる路地から樋口さんが顔を出しているのが見えました。
社長さんに言われました。「君、いったいどれぐらい飲むの」 私はむんと胸を張ります。「そこにお酒のあるかぎり」
焼そばを食べて満腹ぷくぷくになった私は、『鳥とけものと親類たち』を撫でながら、樋口さんにそういう話をしました。
私は自分の家にこっそり溜め込んでいる本たちに想いを馳せました。私は古本市の神様にお祈りしたこともありません。私は慌てて手を合わせ、「なむなむ!」とお祈りしました。これは、私が独自に開発した万能のお祈りで、絵本を読んでいた幼い頃から愛用しているのです。
「こんなところで出会ったのです。ありがたいことです。先ほどは譲って頂いてありがとうございました」 彼女は幸せそうにふっくら笑った。
そういうボーッの後、私はそわそわする自分を持てあまし、部屋にある緋鯉のぬいぐるみをぽかぽか叩いたり、むぎゅっと押しつぶしたりしました。可哀想なのは緋鯉でした。まことに申し訳ないことです。そうして緋鯉にバイオレンスな振る舞いをした後は、決まってグッタリしてしまうのでした。
「満腹ぷくぷく」とか「なむなむ!」とか不思議系美少女に言われたら、なんかもう反則ですよね。なに、独自に開発した万能のお祈りって。かわいすぎかと。
気がついたらいつの間にか黒髪の乙女に夢中になってしまっている小説、『夜は短し歩けよ乙女』。
以上、日本的なモチーフ、古風なことば遣い、擬音の3点から魅力を語ってきましたが、今回はこのへんで。
なむなむ!
タケダノリヒロ(@NoReHero)
『夜は短し歩けよ乙女』をAudible(アマゾン運営の朗読サービス)で聴く(1冊目無料!)