書き手:タケダノリヒロ( @NoReHero

「ルワンダ」と聞くと、映画『ホテル・ルワンダ』でも描かれた、23年前のジェノサイド(大虐殺)を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。しかし、それよりさらに昔、いまから約50年前にルワンダで中央銀行の総裁を務めた日本人がいるということを、みなさんはご存知ですか?

服部正也さんという方で、後に日本人で初めて世界銀行の副総裁にまでなった方です。この方が、1965年~1971年にルワンダで経済再建に取り組んだ6年間の様子が、『ルワンダ中央銀行総裁日記』という書籍にまとめてあります。

ルワンダ中央銀行総裁日記 [増補版] (中公新書)

「アフリカ最貧国」と言われた当時のルワンダの様子がわかるだけでなく、中央銀行総裁としての巧みなマネジメントを追体験できる本書は良質な経営学の書とも言えますし、なによりルワンダ人に対する著者の真摯な姿勢には畏敬の念を禁じえません。

本記事では、服部氏の経歴中央銀行総裁としておこなった改革を要約しアフリカや金融に縁のない方でも仕事や人間関係で活かせる、著者のリーダーシップ論とも言える考え方を5つにまとめました

服部正也氏・経歴

まずは服部氏の経歴とルワンダ関連のできごとの年表から。

  • 1918年 三重県生まれ
  • 1947年 日本銀行入行
  • 1962年 ベルギーがルワンダの独立を公式に許可
  • 1965年 IMF(International Monetary Fund = 国際通貨基金)に出向。IMFよりルワンダ中央銀行総裁として派遣
  • 1971年 日本銀行に復帰
  • 1972年 世界銀行に転出
  • 1980年 世界銀行副総裁就任
  • 1983年 帰国
  • 1994年 「ルワンダ大虐殺」発生
  • 1999年 他界

参考:ルワンダ中央銀行総裁日記

本書で記録されているのは、著者がルワンダ中央銀行総裁として働いた1965~1971年の6年間

初版が発行されたのは1972年ですが、増補版には著者が大虐殺発生後の1994年に中央公論に寄せた『ルワンダ動乱は正しく伝えられているか』と、大西義久氏による「『現場の人』の開発援助哲学」(2009年)が含まれています。

服部正也氏の業績

服部氏の中央銀行総裁としての業績は以下のことが挙げられます。

  • 通貨改革
    • 二重為替相場制度の廃止
    • ルワンダ・フランの対外価値を自由相場並みに切り下げて一本化
    • その前提として、さらなる切り下げを回避するため財政の均衡が不可欠であるとして、外国人優遇税制を是正
  • ルワンダ人農民・商人の育成(民族資本の形成)
    • 農業を自活経済から市場経済へ引き出すため、物価統制の廃止と流通機構の整備を実施
    • 貯蓄金庫を通じたコーヒー集荷資金の融通
    • 市中銀行によるルワンダ人商人向け運転資金貸し出し
    • ルワンダ倉庫株式会社の設立
    • 二トン積みトラックの導入
    • バス公社の設立

参考:ルワンダ中央銀行総裁日記

当初は通貨改革のみが任務とされていましたが、カイバンダ大統領の絶大な信頼を得て、経済発展に必要な諸改革を役割を超えてまっとうしました。

洞察に満ちたリーダーとしての言葉・考え方

さまざまな困難を乗り越えて偉業を成し遂げた著者の言葉や考え方からは、アフリカや金融に携わる方だけでなく、すべての人が仕事や人間関係に活かせるような洞察に満ちています

最悪の状態を乗り切ったポジティブ・シンキング

著者が就任した当初のルワンダ中央銀行は、最初から破産寸前で、行員も能力不足であるなど酷い有様でした。

そんな状況でも著者はこんな風に考えて、諸々の改革をパワフルに実行していったのです。就任直後の記述より。

久しぶりに温かい風呂(昨日まではボーイがきていなかったので湯がわかせなかった)に入り、その日からきた料理人のつくった久しぶりのうまい夕食を食べたらだんだん気が落着いてきた。とにかく、引受けた仕事なのだからやらなければならない。なるほど中央銀行の現状は想像を絶するくらい悪い。しかしこれは逆に見れば、これ以上悪くなることは不可能であるということではないか。そうすると私がなにをやってもそれは必ず改善になるはずである。要するになんでもよいから気のついたことからどしどしやればよいのだ。働きさえすればよいというような、こんなありがたい職場がほかにあるものか。ベッドのなかでこう考えつくと私は、苦笑しながらも安らかな気持で寝についた。

最悪の状態なのだから、何をやっても必ず改善になる。だから思いついたことからどんどんやっていけばいいんだ!」と、ある意味開き直ったように、現状をポジティブに捉えたんですね。

困難な状況に陥ったときに思い出したい言葉です。

シビアなルワンダ生活を支えた家族の存在

服部氏が経済再建に取り組んだ当時から約50年が経った2017年現在、当時「アフリカ最貧国」と言われていたのが嘘のように発展しています

ルワンダの発展を象徴する国際会議場「キガリ・コンベンション・センター」 2017年11月11日撮影

それでもルワンダ農村部で生活している私としては、食料品(特に加工品)が手に入りづらい、シャワーは水しか出ないし水圧が弱いので結局たらいで水浴びするしかない、停電やインターネットの不具合も毎日のように起こるなど、不便を感じることも多々あります。

2017年の現在でさえふつうに生きていくだけでも大変なのに、その50年前と言ったら想像を絶する世界です。そんな苦労が本書の端々に垣間見えますが、それを著者が乗り越えられた要因は「家族」にありました

家族の到着で私の生活は一変した。今まで公邸は私の寝る所ではあったが、そこには使用人という形でルワンダが入ってきていて、家へ帰っても解放されることがなく安息の根拠地ではなかった。それが家族の到着とともにそこは家庭となり、根拠地となった。外国人職員の家庭やその他若干の交際はあったが、なんといってもルワンダ唯一の日本人の家庭であったから、家族の団結も日本にいるときよりなお一層強いものとなった。子供たちがとくに喜んだのは、日本では土曜日曜のほかは夕食を一緒にとることも少なかったのに、ルワンダでは殆ど毎食私と食事を共にできることだったようで、帰りの遅いときでも大抵は待ってくれていた。外でどんなに忙しくてもまたいやなことがあっても、家に帰れば無条件で私を信頼してくれる家族が待っていてくれており、家庭はその意味で私の城となりこのうえない安息所となったのである。

無条件で私を信頼してくれる家族」という表現から、著者にとって家族がほんとうにかけがえのない存在だったということがわかりますね。

背景も価値観も異なる人々と接するには、タフな精神が求められます。中央銀行の総裁と比べるのはおこがましい話ですが、私もルワンダ人とのやりとりで理解を得られなかったり、がっかりさせられたりして、誰もいない家に帰ってきたときに「家族がいてくれたらな……」と思ったことは数知れません。

ずっと一緒に暮らしていたら当たり前になってしまって意識しづらいものですが、じつはその当たり前の存在に支えられていることも多いんですよね。

「甘やかすことほど世を毒するものはない」

本書からは、現地の人々を尊重し彼らに誇りをもたせるような、服部氏のリーダーとしての言動・振る舞いを学ぶこともできます。

著者は中央銀行を立て直すために、ベルギーやスイスから有能な人材を呼び寄せ、ルワンダ人職員の教育にあたらせました。しかしその厳しい指導に不満を言う行員が続出。そこで、外国人職員やルワンダ人職員にこんな言葉をかけたのです。

私は君たちを中央銀行員として扱う。一人前の大人として扱う。君たちは学生ではないのだ。中央銀行員なのだ。独立国ルワンダの中央銀行員なのだ。私はこの機会に外国人職員に対し、ベルギーやスイスで、新人行員に対するのと同じように君たちを教育訓練することを命ずる。私も君たちが新入日本銀行員であると思って鍛えるつもりだ。外国人職員に対し、この際はっきりお願いする。ルワンダ人職員を黒人であるとか、途上国の人だからなどといって甘やかすようなことは、ルワンダ人職員を侮辱するものだから一切やめてもらいたい。自分の国の新入行員に対すると同じように、びしびしやってほしい。ルワンダ人職員は大人であるから、それに堪えられるはずであり、それができないものは銀行をやめてもらう

「それができないものは銀行をやめてもらう」という言葉からは厳しさを感じますが、「黒人だから」「途上国の人だから」と言って特別扱いをすると、ルワンダ人職員を信頼していないことになってしまいます。

だからこそ、外国人職員にはびしびし指導するように伝え、ルワンダ人には「独立国ルワンダの中央銀行員なのだ」と誇りをもたせるような言葉をかけたんですね。

私は甘えと、甘やかすことほど世を毒するものはないと思っている。(中略)組織における人の和は必要な規律ができていて、それが厳格に守られることによって確保されるという、あたりまえの原則を確立することが、ルワンダ中央銀行の職員を人間集団として統一する第一歩だったのである

この言葉からも、著者がいかに現地の人々と真剣に向き合っていたかがわかります。

ノイズに惑わされず、当事者の声から本質を見抜く

服部氏は、周囲の外国人から「ルワンダ人は遅れている、怠けている」という評判をよく耳にしていました。しかしその言葉を鵜呑みにせず、ルワンダ人と直接交流することで、なかには優秀な者や熱意のある者もいるということを理解したのです。

その結果、離任前の送別の辞で、大蔵大臣からはこのように評されました。

あなたは、ルワンダ国民とその関心事とを知るため、(外国人の)クラブや協会や、滞在期間が長いと言う理由で、当国の事情を知っていると僭称する人たちから聞きだすことをせず、直接ルワンダ人にあたって聞かれた。他の多くの技術援助員の考えかたや、その作業を毒する偏見にわずらわされることなく、あなたはルワンダ人に相談してその意見を聞いた(中略)。あなたの基本態度は、ルワンダ国民のために働くのであるから、まずルワンダ人にその望むところを聞かなければならないということでした

この「直接ルワンダ人にあたる」ということは、簡単なようで実際はなかなか徹底できるものではありません

ふつうは学のないルワンダ人の農民や商人よりも、コミュニケーションが取りやすくて見識もあるであろう現地歴の長い外国人を頼ってしまうのではないでしょうか。

実際に私も青年海外協力隊として活動していて、入り組んだことを聞きたい場合には、ルワンダ人ではなく、事情に詳しい日本人についつい聞いてしまっています。

しかし、「ルワンダ国民のために働くのであるから、まずルワンダ人にその望むところを聞かなければならない」という著者の姿勢は否定のしようもありません。外国人の偏見に満ちた言葉に惑わされずにルワンダ人の声に耳を傾け、問題の本質を見抜き、成果を出すことのできた著者の態度を見習いたいものです。

途上国の発展の最大の障害は「人」、発展の最大の要因も「人」

アメリカの進化生物学者ジャレド・ダイヤモンドは『銃・病原菌・鉄』で、国や地域によって発展度に差がついてしまった原因は「人々の生物学的な差異」ではなく、「環境」の差異だと述べました。

しかし、服部氏は「途上国の発展を阻む最大の障害は『人』の問題である」とする一方で、「発展の最大の要素もまた『人』なのである」と語っています。

私は戦に勝つのは兵の強さであり、戦に負けるのは将の弱さであると固く信じている。私はこの考えをルワンダにあてはめた。どんなに役人が非能率でも、どんなに外国人顧問が無能でも、国民に働きさえあれば必ず発展できると信じ、その前提でルワンダ人農民とルワンダ人商人の自発的努力を動員することを中心に経済再建計画をたてて、これを実行したのである。そうして役人、外国人顧問の質は依然として低く、財政もまだ健全というにはほど遠いにもかかわらず、ルワンダ大衆はこのめざましい経済発展を実現したのである。途上国の発展を阻む最大の障害は人の問題であるが、その発展の最大の要素もまた人なのである

国の発展を阻害していた要因は、ルワンダ人の性質そのものではなく複雑怪奇な制度にありました

そこで著者は「人」が活きるように、通貨改革や流通機構の整備などを通じて、「働けば栄える」というシンプルな制度をつくったのです。

この改革から50年余り。ルワンダの発展は「アフリカの奇跡」などと謳われるほどになりましたが、いまだに「途上国」の枠からは抜け出せていません。

ポール・カガメ大統領は2020年までに中所得国への転換を目指していますが、そのカギとなるのもやはり「人」と、それを活かす「制度」にあるのかもしれません。

本書から得られる気づきまとめ

以上、本書『ルワンダ中央銀行総裁日記』から得られた学びをまとめます。

  1. 最悪の状況を乗り切るポジティブ・シンキング
  2. 当時アフリカ最貧国といわれたルワンダで暮らす大変さと家族のありがたみ
  3. 甘やかすことほど世を毒するものはない
  4. ノイズに惑わされず、当事者の声から本質を見抜く
  5. 途上国の最大の障壁は人であり、発展の要因も人である

ところどころ金融関連の難しい言葉が出てきて読み進めづらい箇所もありますが、困難を乗り越えて現地の人々に受け入れられながら結果を出し、帰国間際に仲間たちから離任を惜しまれるシーンでは、目頭が熱くなるほどノンフィクションの物語としてもすぐれた書籍でした。

アフリカや国際協力、金融などにかかわりのない方々にもおすすめできる一冊です。

アフリカ生活について書いている個人ブログはこちら↓
タケダノリヒロ.com